✨[掌編小説]大仏の胎内
せまい鉄階段を上り、静かな空間に足を踏み入れると
薄暗くふんわり暖かな空気が肌にまとわりついてきた。
まさか中に入れるなんて思ってもみなかった。
「胎内っていうんだね。子宮の中ってこと?大仏っておじさんなのかと思ってた。」
ゆかりが素っ頓狂なことを言いながら壁をなでている。
「性別なんてないよ、そんなの超えちゃってる。」
わたしは笑いながら、大仏の背中から差し込む光を浴びて
この空間が見てきた長い時の流れを静かに味わっていた。
ゆかりは「ふうん。」と言って写真を一枚撮ると、さっさと階段を下りていく。同じ班のクラスメイトも気づけばもういなかった。
大仏の頭部を見上げて視線を下ろすと、突然、潮風のような優しい風が頬を撫で、まるで体がふわりと浮かんでいるような感覚に包まれた。

なに?
あんなに騒がしかった観光客の声も聞こえなくなった。
ただ、波の音が遠くに聞こえてくる。
周りにはもう誰もいない。私ひとり、大仏の胎内にいるのだ。
私は海の方を向いていた。
目の前の黒い壁に、細長い光が二つ横たわっている。
恐る恐る光の向こうをのぞき込むと、遠くに海がぼんやりと見えてきた。
波の音は次第に大きくなり、足元のすぐ近くで響いている。
私は無意識に体をきゅうっと硬くした。
波がどんどん迫ってきたからだ。
ものすごい高さになって目の前に立っている。
思わず目を閉じた瞬間
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
轟音と共に何かが崩れ落ちる音が鳴り響く。
大仏殿は流され、周囲の景色はなくなった。
波が引くと同時にぱあっと目の前が明るくなった。
まぶしい晴れ渡った青が目の前に広がる。
空が、空が現れたのだ。
私はうっすらと目を開けてなんともいえない幸福感に包まれた。
朝日をあびたい
雨に打たれたい
風に吹かれたい
光に焦がされたい
空を、全部を見ていたい
静かな空の下でそう、思ったのだ。
外に出て、もう一度大仏を見上げる。
真っ青な空の下、私を見下ろしている。
嘗て、鎌倉をおそった大津波。
金の大仏がいた大仏殿が流されたときいたからか
あの波を引き起こしたのは大仏だとは思わないけれど
何に守られるわけでもなく
青い姿になって
真っ青な空の下に鎮座する大仏の表情は
どこか満足気にうっすら目を開けている。
「空を見たかったのかな。」
胎内で感じたあの不思議な安堵感に包まれながら呟いた。
くるりと振り向いて私はクラスメイトのもとへ急いだ。
鳥居の横でゆかりが腕組みをしてこっちを見ている。
私は空を見上げて走り出した。

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