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四月朔日の記憶

 新年度の始まりはあいにくの空模様で、明るさが足りないまま過ぎる一日は新しい門出や環境の変化を祝うにはちょっと不向きに思える。どうせなら晴れてくれれば――なんて、目の前の状況に対してつい、今の自分に都合のいい側ばかりを望んでしまうのは、わたしの心に明るさが足りていなかった期間が長くあったからかもしれない。
 そんな過去も大切な経験になるよ、という意見は否定しない。けれどそう言われて納得できるのは、目の前の困難を乗り越えてから、自分自身を取り戻してからのこと。わたしは立ち直れたから思い出話にできている。でも、そうでない人も、今まさに渦中にいる人も、たぶん多いのだろう。

 必死だったのは間違いない。でもそれは生きるためというより、死ぬのを一日ずつ先延ばしにしたかったから、という気もする。置かれた環境から逃げるも同然の形で離れたのは、今でも多少引っかかっているところだ。ただ、その時はそういう方法しか取れなかった。ようやく気持ちも上向いてきたかなという頃になって、話す言葉も書く言葉もほとんど出てこなくなっていると気付いたとき、本当にゾッとした。
 地方に住んでいてよかった、とつくづく思う時がある。四季折々の自然が織り成す飾らない美しさに、広く澄み渡った空に、耀く太陽と煌めく月の光に救われた。これが都会のビル群の真っただ中で、足早に過ぎ去る人の群れに紛れて四角い空を仰ぐだけだったなら、あるいはもっと落ち込んでいたかもしれない。自然の姿を日ごとに書き留めるのは、それらに生かされていると忘れたくないからでもある。

 ◇

「あえて暗い過去を振り返らなくても」
 隣に座る亜琉斗が、心配そうにモニターを覗き込む。あまり明るい話でないのは確かだけれど、わざわざ文章にするのにはもちろん理由がある。
「暗い過去だったから、かな」
 淹れてくれた珈琲を飲みながら、こうして好きなことをする。生きるか死ぬかの二択に一人で悩み疲れていたあの頃に比べて、今はなんと幸せだろう。
「こうして記憶のアルバムに収めれば――『いい思い出』に変わってくれるでしょう? 他の日々と一緒に」
 過去が辛かったのは、その時までの話。今の幸せの延長線上に並べてやれば、あぁ道程のひとつだったのかと、前向きにとらえられる。
「あの時があったからこそ、ってやつかな」
「そ。ご明察」
 今日の空の仄暗さも、いつか思い出に変わっていく。


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