楽しむことへの罪悪感を超えて、楽しみながら学ぶことを知る
おはようございます✨
yukariです。
私は20代後半にシェアハウスに住み始めました。
そこで出会った人たちと一緒に生活するなかで育っていった価値観。
それは
「楽しむことからでもスキルを得たり学ぶことができる」
「頭で覚えようとしなくても、感覚や身体で覚えることができる」
ということでした。
それまでの私は頭が硬すぎました。
いつも何か目標をもって勉強していないといけない、でもできていない。
焦りや重たい感情を常に抱えていました。
学生時代に勉強しかしていなかった。
頑張りすぎたせいだと思います。
楽しむことに罪悪感があった。
仕事に通じることではなくても、
例えば料理ができるようになりたいと思ったとしたら
勉強ができるようになったプロセスと同じように
基礎から順を追って学ばないといけない。
目標から逆算して行動することが近道。
そんな呪縛がありました💣
だけど、私にとって「勉強」は辛かった記憶が染み付いているので
スキルを身につけること、学ぶこと=辛いことを乗り越えてできること
こんな式が無意識のうちにできあがっていました。
そりゃぁ、何をするにも生きづらいわけです。
昔の自分が可哀想に思えて涙でそうになります( ; ; )笑
シェアハウスに入りそこで出会った人たちの生き方から
自分の時間の楽しみ方を学びました。
生活する時間を楽しんでいるだけで、
振り返ってみたら、自然と色々なことができるようになっていたんです。
お料理が上手になり、お花もいけられるようになり、
身体の柔軟性もアップした。
「暗記するように、整理して頭に入れないと知識や技術は習得できない」
それが自分を縛っている思い込みだと気づくと、
日々の小さなこと、たくさんのことが
大切な学びに繋がっていると思うようになった。
頭を使わなくても、感じたことは身体が覚えているはず。
筋トレの効果的な身体の使い方を一度トレーナーさんから教えてもらったら
頭で忘れても身体の感覚が記憶している。
それと一緒みたいに。
だから私は自分がやりたいと思ったことはどんどん経験をさせたい
美しいものをたくさん見る
頭で学ぼうとしなくても身体が学んで、
経験となり未来の私をつくりあげる
感覚(右脳?というのかな)を使っていく練習みたいなことをしているのだと思う。ここ最近の私。
学び方は人それぞれ。
肩の力を抜いていても、生きてるだけでたくさんのことを学んでいるはず。

