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言葉の美しさ

みなさん、こんにちは。
次回、紫がたり 第二百八話 玉鬘(一)は年明け1月3日(火)に掲載させていただきます。

本日は私が常日頃癒されることについてお話しようかと思います。
タイトルにある「言葉の美しさ」というのは、平安文学を扱う私としても、とても大切なところですね。

私は源氏物語を書いておりますが、基本は現代の女房言葉、という気持ちで綴っております。
その文章のように普段品行方正かといいますと、特に普段生活している時はまったくのお行儀の悪い子です。
負けん気も強いですし、言葉も強め・・・。
なんともお恥ずかしい。
そんな暴れん坊の私ですが、素直に心が浄化されるような美しい言葉をつづられるNoterさんがいらっしゃいます。
ご本人に了承を得ておりませんので、お名前は伏せておきます。
その方の文章を読みますと、いつでも心がきれいになった気持ちがします。
なんでしょう。
厄が濯がれるように。
表現が正しくないかもしれませんが、あさましい心がはがれてゆくのです。
いつでも「ありがとうございます」という言葉が添えられていて、優しく、丁寧な御方なのですね。
私は都度こうありたい、と痛感するのですが、人間というのは喉元過ぎれば何とやら。。。で、特に私はすぐに忘れてしまうのです。
そして私は気づいたのですが、自分は「ありがとう」という言葉をちゃんと言っていないのです。
仕事では「ありがとうございます」と取り繕っておりますが、中身がない。
あとで気づいてまた表面ばかりを繕って~、と人を思いやれない余裕のなさにうちのめされます。
まったく傲慢で鼻持ちならないです。
いい大人なのですが、まだまだ全然。
いつか心正しく、謙虚に生きることができるようになれればいいですね。

さて、もう明日で今年も終わりですね。
みなさま大掃除などでお忙しいことでしょう。
清々しい気持ちで新年を迎えられますように☆

オシリス:「暴れん坊のママが反省・・・。
 天変地異の前触れでしょうか(汗」
ママ:「オシリスさん、その疑りのまなこはヤメてください」

疑りオッチ君


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