患者さんの暮らしを支えるための関わり:地域包括ケア病棟と地域の保健室兼任を通して思うこと
私はこれまで、急性期病棟(終末期一部)、市役所、訪問看護ステーション、そしてコミュニティナース(地域の保健室)といった多様な場で経験を積んできました。そして2025年5月からは、谷田病院の訪問看護から地域包括ケア病棟へ異動し、地域の保健室との兼務という形で新たな挑戦を始めています。
訪問看護から病棟へ:気づきと変化
これまでは訪問看護を看護師としての最終目標と捉え、地域での活動とのつながりも強く意識してきました。しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大や人員不足の中で、訪問看護の傍ら病棟業務を手伝う機会がありました。その中で、私自身が医療機関での看護にも大きなやりがいを感じていることに気づきました。以前病院で勤務していた当時の自分と比べ、患者さんへの声かけ、異常の早期発見、看護ケアの介入方法が大きく変化していることにもハッとしました。何よりも、患者さんや地域の方々が笑顔で接してくれたり、「気づいてくれてありがとう」と言ってくださる機会が増えたことが、私にとって大きな喜びです。
谷田病院が変革期にある今、一般社団法人看護のココロとしても新たな段階へと進むべきだと感じ、訪問看護から地域包括ケア病棟への異動を希望し、今に至ります。
「患者さま」ではなく「一人の人間」として関わる看護への覚醒
看護師として働き始めた8年間、私は病院に勤務していました。当時は「患者さま」という呼称に代表されるように、看護がサービス業として捉えられる風潮に大きな違和感を覚えていました。病気で心身ともに弱っているとはいえ、それが果たして看護本来の役割なのか?と自問自答を繰り返す日々でした。何度も入退院を繰り返す患者さん、声の大きい患者さんの意見ばかりが優先される現状。特に印象深かったのは、熊本地震での経験です。病院が避難所となる中で、水も電気も限られた状況下、限られた食事に不満を漏らす患者さんに直面しました。被災しながらも奮闘する同僚や先輩看護師の姿が脳裏に浮かび、「患者さんは『患者さま』ではない、一人の人間として関わりたい」と強く、熱く心に誓った瞬間でした。この経験が、私の看護観の大きな転換点となりました。
やっちろ保健室の誕生と葛藤、そして成長
災害時の病院での対応に限界を感じ、「もっと何かできるはず」という思いは、私の故郷である八代市を襲った令和2年豪雨災害7月で結実します。病院での経験とコミュニティナースとしての活動から、高齢者支援を軸とした心のケアの必要性を痛感し、災害翌月には災害やまちづくりをしている方から知恵や情報を頂き、任意団体「やっちろ保健室」を立ち上げました。現在は活動を認めてもらい、一昨年には一般社団法人看護のココロ(非営利)に移行しています。
ニーズ調査を含め5年間活動してきましたが、この5年は苦しいことの連続でした。初めてコミュニティナースとして活動した頃は毎日泣いていましたが、それとはまた違う種類の辛さです。
住民さん一人ひとりの声を聞くたびに、心に「モヤモヤ」が生まれます。
しかし、初めてコミュニティナースをした時の師匠である在宅医療の医師の「モヤモヤは成長する証だから」という言葉を胸に、そのモヤモヤを言語化し、「次はどうすればよかったのか」と考えることができるようになりました。苦しいことが多かった分、住民さん自身が自ら動いたり、考えてくれたりする姿に触れるたび、大きな喜びを感じています。それが、活動を継続できている一番の理由です。
その一方で、私は復興が全く進んでいない現状にもどかしさも感じています。災害が発生した地域は一時的に注目されますが、その後どうなるかは結局、自分たち次第。この湿気の多い暑さの中、懸命に道路復旧に尽力される方々に感謝しつつも、今、本当に地域に必要とされているものは何かを常に問い続けており現在も様々な人から話を伺いながら、試行錯誤と臨機応援を重ねている日々です。
みどり保健室の挑戦と、得られた気づき
一昨年、暮らしの保健室九州フォーラムでやっちろ保健室について発表する機会をいただき、そこで声をかけていただいたのが谷田病院です。甲佐町はこれまで縁のない地域で、ゼロからのスタートでした。全国的にも珍しい、病院がコミュニティナース(地域の保健室)を雇用するという取り組みは、医療機関と地域の保健室連携の新たなモデルとなると考えてます。約4ヶ月間のニーズ調査を経て、昨年8月に「みどり保健室」が誕生しました。
勤務体制は、週に3日が病院勤務、週に2日が地域の保健室活動です。地域の保健室活動は自分で決めて良いと言われたものの、組織のルールの中で働いてきた私にとって「自由は不自由だ」と感じ、想像以上にストレスを抱え込みました。これまでの活動で多くの困難を乗り越えてきたから大丈夫、と意気込んでいましたが、全く大丈夫ではありませんでした。自由だからこそ、ついやりすぎてしまいました。そんな時、同じ思いを持つ看護師さんが私に声をかけ、話を聞いてくれました。一人で抱え込んでいたモヤモヤが何だったのかが明確になり、ようやく進むべき方向性が見えてきました。谷田病院では、事務職の方々も含め、様々な職種の皆さんが私の話に耳を傾けてくれたことに、心から感謝しています。
地域と病院(医療機関)の架け橋として、私が大切にすること
最近、ある患者さんのご家族から「よく動いているね」「見ている人は見ているからね」と、私の看護に対する姿勢を褒めていただきました。何か認められたくて看護をしているわけではありませんが、日々、スタッフの皆が働きやすい、動きやすいと感じてくれるように、そして患者さんやそのご家族が少しでも安心して笑顔で過ごせるようにという思いで、隙間時間を見つけては病棟を歩き回り、声をかけています。改めて、私が今、地域包括ケア病棟と地域の保健室を兼務するにあたって大切にしていることをお伝えします。それは、患者さんが地域でどのように生活されているのか、今後どのように暮らしていきたいのかを想像しながら関わることです。そのために、病棟内を積極的に回り、多職種のスタッフや患者さんご本人、ご家族と積極的にコミュニケーションを取るように心がけています。そしてそれが、様々な異常などの早期発見につながるように意識をしています。
谷田病院の理念である「一人ひとりの大切な時間に寄り添います」は、まさに私が実践したい看護そのものです。そして、一般社団法人看護のココロのビジョン向かいたい未来として「認知症になっても、病気になっても、自分らしく暮らしていける環境づくり」もまた、この思いと深く共鳴しています。
「早期発見のアンテナと実践」
この関わりの中で特に意識しているのは、患者さんの隠れたニーズや潜在能力の「種」を早期に発見することです。具体的には、
何気ない普段の会話や、過去の経験、好きなこと、嫌なこと、乗り越えてきた出来事などから、患者さんがどう暮らしていきたいのかのヒントを探します。
些細な情報からでも、地域での生活背景や役割を推測します。
業務を積極的に引き受け、より多くの情報に触れる機会を作ります。
先日も、ある患者さんと接する中で「この方は地域でとても活動的な方だったのではないか、もしかして食生活改善推進員(食改さん)だったのでは?」と直感的に感じることがありました。会話の流れで尋ねてみたところ、まさにその通りでした。その方は、今まで楽しかったことややりがい、苦労したことなどをイキイキと一方で何か思いだしたような感覚の表情で話される姿を見て、地域での活動がつながっていることを感じました。
このような経験を通して、患者さんの地域での生活や活動への思いを深く理解し、早期に介入することの重要性を改めて実感しています。これからも、患者さんが病院や地域であっても、自分らしい生活を送れるよう、地域と病院(医療機関)の架け橋となる存在でありたいと考えています。
