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「オケバトル!」後半戦 1. 究極の選択




1. 究極の選択




 過酷な半月を生き抜いてきた58名、AとB、両チームのバトラーが、ロビーからホールの客席に入りゆくと、既に舞台には正装のオーケストラが待機していた。

「何で!? 舞台にオーケストラがいる!」
「2管編成の......、えっ!? もしかして脱落してった人たち? 戻って来たの?」
「なぬ? コンマスは 有出 絃人(アリイデゲント)?」

 客席の下手側にAチーム、Bチームは上手側と、ライバル心むき出しで、ちょっとツンツンしながら互いに意識して避けるべく、チームごとにきっちり分かれて審査員席の後方に着席する。
「つまり彼ら、敗者復活のチャンスを与えられたってこと?」
 何の予告もナシに、いきなり敗者が登場して来たことに、一同は動揺を隠せない。

「ただ今から敗者復活の大バトル、始まります!」
 司会の 宮永 鈴音(ミヤナガリンネ)が高らかに宣言し、多岐川 勉(タキノガワ ツトム)が指揮者として登場。

「え、トムくんが!?」
「絃人さんも、トムくんも、きのう脱落したばっかなのに、もう敗者チームに溶け込んでる......、どころか、要のポジション任されてる!」

 厳かな前奏が始まりゆく。

「これって......?」
「イーゴリ公序曲」

 敗者チームから挑戦された曲は、ボロディンの未完の歌劇《イーゴリ公》の序曲であった。
 ボロディン亡きあと、残されたスケッチを手がかりに、親友のリムスキー=コルサコフやグラズノフらがボロディンの特質を活かしながら、全幕を完成させた。
 この序曲はボロディンが生前にピアノで仲間に聴かせていた。何しろ彼は本業が化学者で多忙を極めていたこともあり、楽譜は書かれておらずとも、グラズノフも本人の前で完璧にピアノで再現できる程しっかり覚えていた為、ほぼボロディンの原曲のままに管弦楽化されている。
 序曲のみ単独で演奏される機会は少なく、オケ人でも詳しくない......どころか未知の曲である可能性も高く、これを遊びの延長線上であれ、昨日のうちに仕上げていた敗者チームとしては、かなり有利な挑戦曲であろう。

 遠くからの静かでゆったりした呼びかけに、そっと応える声がこだまのように広がりゆく。やがてティンパニのトレモロに導かれて金管楽器による輝かしいファンファーレが高らかに鳴り渡り、曲は勢いよく盛り上がってゆく。

 音楽の高揚と同時に、客席の既存チームは底知れぬ焦りも感じてしまう。

 復活のチャンス、どころか完全なる敗者復活だわ。
 我々残留チーム各々の倍は人数そろってるわけだし。
 しかも見事なまでに一致団結しているではないの。
 うちら殆ど1管編成のスカスカ状態で、こんなに勇壮な音楽なんて、無理でしょ?
 彼ら敗者チームが勝利したら、我らのチームから、また脱落者を出してくことになるんだろうけど、また初日の振り出しに戻るってこと?

 しかし、それは甘すぎる考えであった。



 アート系専門チャンネルによって年に一度のペースで企画される人気番組、栄光のバトル・シリーズ。
 これまでのバトルテーマは、写真や絵画、ペーパークラフト、服飾デザイン、歌やダンス、料理にベイキング等々と多岐に渡る。
 テーマごとに「バトル・オブ・◯ ◯」と題され、実に興味深い戦いが、画家や写真家、シェフ、パティシエ、ダンサーに歌手、デザイナーといった才能豊かなアーティストらによって展開されてきた。
 コンクールやコンペティションという表現ではなく、あえて「バトル」という言葉が使われるほどの過酷な戦いを強いられる参加者、いわゆるバトラーら。その分野の専門家による容赦のない批判の言葉を仲間やカメラの前で否応なしに浴びせられる厳しい審査、ライバルとの励まし合いや足の引っ張り合い、裏切りに駆け引き、課題を短時間で仕上げねばならない無理難題。更に番組側からは過激な罠が容赦なく仕掛けられることも。
 心身ともに極限まで追い詰められ、自己をさらけ出し、戦い抜いていく──あるいは脱落していく──挑戦者の様が視聴者の共感を呼び、既存のアイドルなどではなく、一般人に溶け込んで日常生活を送っている無名ながらも個性、才能、魅力あふれる出演者の各々に熱狂的なファンがつくほどで、カリスマアーティストも多く誕生しているリアル・ドキュメンタリー。

「マイスター」の栄冠を手にする者は、ただ1人。

 本年度のテーマ「オーケストラ」では、オーディションに合格した音楽家 112人の参加者からたった1人、過酷なバトルを勝ち抜き、栄光の「オケマイスター」を獲得するまでの一部始終が番組で紹介されていく。
 個々の音楽性だけでなく、オーケストラの一員として絶対不可欠な資質である協調性や、互いを思いやれるといった人間性も含まれた厳選なる審査を経て、勝ち残った1名のみに「オーケストラ・マイスター」の称号と、賞金一千万円が授与される。
 音楽家にとっての夢を実現できそうな、ソロ・リサイタルや、ソリストとしてプロオケとの共演、CDリリース、海外留学などのうちから、勝者がどれか一つ、自由に選べる豪華な副賞のおまけ付き。
 これまでの前半戦では、AとB、2組に分かれてのチーム戦が繰り広げられ、指揮者すら用意されず、足りないパートを調整してゆく中、バトラーは次々と脱落していった。ある者は惜しまれつつ、ある者は蹴飛ばされて。

 そして脱落者が全体の半分になったところで、いよいよの後半戦が始まりゆく。

 AチームとBチーム、各々約半数に減った中での個人戦......、と思いきや、ひと筋縄ではいかないのが、このバトル・シリーズ。
 脱落者としてバトル館を去り、傷心で、あるいは「過酷なバトルからようやく解放された」と安堵して帰宅したはずの敗者らが、実は敷地内から一歩も出ておらず、敗者の館と称する優雅な邸宅で楽しく自由な共同生活を送り、復活の時を目指して、楽しく学びながらも絆を深めていたのだった。



 敗者チームのコンサートマスターを務める有出絃人は、この隠れた名曲を最高のメンバーで奏せる幸せを噛み締めていた。脱落を決意した段階では、こんな素晴らしい時が訪れようなど想像すらできなかったから。
 そして「何が何でも一緒に!」と、脱落に付き合ってくれた多岐川勉の指揮ぶりにも感動するばかり。
 自由に楽しみつつも真剣に意見を交換し合って仕上げた昨日のリハーサルでは、「まだ学生の身ですから」なんて躊躇することもなく、初指揮ながら強者の仲間を巧みにリードし、今し方の舞台リハーサルでは、この素晴らしい音響のホールにボロディンの名曲が美しく鳴り渡るよう、ゆとりで調整していた。
 ロシアの血を引くトムくん。ロシアで生まれた音楽が身にも心にも植え付けられているような堂々たる指揮ぶりに、オーケストラ全体が信頼しつつ、温かく見守っている。バトル生活の中でも、「コントラバスさえ一緒でなければ身軽さが売り」と称して、まめに動き回りつつも常に周囲に気を配る習性は、まとめ役としてのリーダー的資質も備えていたのだ。

 当人、多岐川勉は、この音楽と共通する血脈が自分の中に流れている幸運に、心から感謝していた。
 むろん指揮を務めている最中は、余分な思考は一切避けて全身全霊を込めて音楽に集中せねばならない。なので彼の想いは言葉ではなくイメージだけ。それも昨日の顔合わせ時や、今し方の舞台リハーサルで感じたり感激したことが、本人は意識せずとも走馬灯のように通り過ぎてゆくのだった。
 有出絃人という最高のコンマスがしっかり支えてくれている。トランペットの上之さん、フルートの淳くんといった、一流ソリスト級の天才奏者が華を添え、「陰の支配者」安条さんの存在も心強く、かの「ヤバおばトリオ」の存在すらも頼もしい。実にいいオーケストラ! 上之さんの理想とするところの、自主運営の夢のオケそのものではないか。
 ボロディンとグラズノフの深い友情と敬愛から誕生した序曲。大切な音楽仲間の象徴でもある。勝敗なんて関係ない。ボロディンの意思に、仲間の想いに、しっかり応えてゆく。それだけだ!

 客席Aチームのチェリスト 白城 貴明(シラキ タカアキ)は、舞台でコンサートマスターを務めている有出絃人、かつてのルームメイトにして親友とも言える仲となった彼の勇姿が、あまりに誇らしく、嬉しさで胸がいっぱいになっていた。
 威風堂々のズル賢い掟破りで自分のチームが勝利した為に、親友を脱落に追い込む羽目となる結果に落ち込んでいた矢先であっただけに、感激もひとしおだ。
 しかし既にリーダー格を失っているAチーム。舞台上の彼らに対抗すべく、ライバルとして自分のチームを率いて競い合う責任も、白城は抱えていた。
 金管はどうしたって足りないから、自分はチェロをパスしてトロンボーンに回るか。指揮とコンマスはもはやベテランの粋の「浅田&稲垣組」に任せるとして。それでも人数は敗者チームの半分で、対等な状況で対抗できるとは到底思えない。

 もしかしたら......。

 貴明の思考にトンデモ考えがよぎる。
 それが可能なら......? いやいや、まさか、あり得ない。
 貴明は無茶なアイディアを追いやり、もうひと組のライバル、Bチームをそっと見やる。
 またしてもズル過ぎる手を使うことに? しかし他に手段があるか?

 一方のBチームでは、フルートの 紺埜 怜美(コンノ  レミ)が、あふれる涙をずっと抑えられずにいた。
 最年少なのに誰よりも才能豊かな淳くん。フルート首席を堂々とこなしているではないの! Aに誘拐された 星原 淳(ホシハラ スナオ)が、脱落させられたって聞いた時は、本当に悲しかったし、何もしてあげられなくて悔しかったけど、無事で良かった! 仲間に溶け込んで生き生きと幸せそう。
 自ら脱落していったばかりの絃人さんとトムくんが、さっそうと脱落組をリードしている姿や、懐かしの面々が、かつてのABライバルどうしも混ぜこぜになって、一丸で名曲を奏でる様子も最高じゃないの。
 鈴音さん、大バトルなんて言ってたけど、これはもうバトルなんてレベルを遥かに超えた、音楽が結びつけた絆の世界なのだわ。自らを犠牲にした、崇高な心意気のメンバーたち。もう、彼らに勝たせてあげましょうよ! 
 それにどうしたって、この完成度! 引きかえ私たち、この後たった1時間の中で、どう仕上げろっていうの? 編成も足りないし。AもBも、敗者チームに太刀打ちできるわけないじゃないの。むしろ降参すべき? そして敗者の犠牲を踏み台にしてきた私たち全員が、交換に脱落と。
 のどかなホルンのソロは、あの、のどか過ぎて脱落した藤木のどかさん。イーゴリ公の貞淑な妃のテーマに相応しい......。
 と、感じながら、のどか嬢の隣にちゃっかり並んでいるホルン男性の姿にムカっとしてしまう怜美さん。
 何があったか、どういう関係だかも知らないし、詮索する気もないけど、Aのうら若きホルンの女性を泣かすなんて、サイテーの男だわね。おかげで私たちBチームと彼女らAチーム、互いにすっかり険悪ムードで、完全に敵対しちゃったわけだし。彼がソロでなかったのが、せめてもの救いだわね。
 チャイコフスキーの甘美な魔法のせいで、いっときでもホルン男にハートが揺らいでしまった我が身を嘆かわしく思うのだった。

 その傍ら、ヴァイオリンで、何故か指揮も回ってきてしまう役どころの「恋するマエストロ」こと 浜野 亨(ハマノ  トオル)は、かつてのBのヴァイオリン仲間たち、最初に指揮を務めてくれた懐かしの「ミッキー氏」山寺 充希(ヤマデラ ミツキ)や、気弱な天才少女の会津 夕子(アイヅユウコ)、憧れの 有出 絃人 さまに、脱落ホヤホヤの「コンマス王」別所 正道(ベッショ マサミチ)ら実力派が舞台でしっかり復活している様子を、心から喜んで眺めていた。
 何よりも音大生トムくんの完璧に指揮する姿の、カッコ良すぎることったら! トランペットがあまりに晴れやかで勇ましい「一喝オヤジ」上之 忠司(ウエノ タダシ)や、フルート美少年、星原 淳くんが堂々と首席をこなしている姿もまぶしすぎる。
 一度は脱落を体験した彼らは、怖いものナシというか、本気の底力というか、揺るぎない団結力で結ばれているよう。AもBもお呼びでないさ! といった本気のパワー。

 愛のデュエット、恋する姫のテーマなど、ボロディン特有の切なく甘美な流れやエキゾチックな東洋風の主題、リズミカルな躍動が色とりどりに織り込まれ、曲は勢いづき、異なるメロディーが見事に重ねられるなど、演奏はドラマティックな情景を描いてゆき、大団円にて輝かしく結ばれる。

 かつての仲間の勇姿に感激して、敗者陣の復活を心から温かく迎える一部の者は、思わずわあっ! と歓声を上げて称えるものの、客席の多くの者は不安げに静かな拍手を送るだけ。一体どうやって最強パワーの敗者チームに太刀打ちできるものかと。

「敗者の方々が、パワーアップしてバトル館に帰って来ましたね!」
 司会の宮永鈴音が下手の袖から晴れやかな表情で舞台に登場。後半戦の開幕に相応しい白いパンツスーツを、アップのヘアスタイルと共に粋に着こなしている。
 まずは審査員席の3人に退場を促す。
「ご紹介は後ほど、全ての演奏が終了した時点で改めまして」
 その時になって初めて、レギュラー審査員のお馴染み2人に加えてもう1人、謎めいた派手な扮装の中年女性の存在に気づく一同。《魔笛》の「夜の女王」を思わせる、キラキラながらシックな紺がベースの堂々たる装い、毅然と優雅に去りゆく姿の貫禄からして、只者ではなさそうだ。
 お三方を拍手で見送ってから、司会が今回バトルのルールを補足する。

「敗者チームからの挑戦曲、ボロディンの〈イーゴリ公序曲〉を、今度は客席の皆さんにも、演奏して頂きます。この後、1時間ずつの舞台リハーサルを経ての本番となりますが、先攻か後攻かは、AチームとBチーム、この場で話し合って決めて下さい」

「振れますか? マエストロ」
 浜野亨の前の席の女性2人が振り返って尋ねる。疑問符でありながら威圧的。有無を言わさぬ剣幕だ。
「いや、ちゃんと聴いたの初めてだし、無理です」
 丁重にお断りするも、隣や背後からも声がかかる。
「マエストロ、あなただけが頼りなんです」
「そもそも指揮できるメンバー、浜野さん以外誰一人残ってませんしね」
 慌て始める浜野マエストロ。
「いくら何でも。良く知らない曲ですし」
「今、『ちゃんと聴いた』と」
「いや、ちゃんとは聴いてなかったかも。トムくんや絃人さんの勇姿に見惚れて......。上之さんや淳くん、ミッキー氏に夕子さんとか、懐かしくて曲そのものは ──」
 そこで司会の宮永鈴音が、ざわめいている客席に向かって注目を促すべく、「え〜、皆さん?」と改まり、恐るべき事実を一同に宣告する。
「今回のバトルは、これまでのように、『負けたチームから脱落者を出す』という生易しいルールではありません」
 え? 何? 会場全体が恐ろしい緊張感に包まれる。

 これまでのバトル・シリーズでも、「敗者復活」のドラマティックな演出は定番であった。それはバトルの半ばから並行して放送が始まり、視聴者からの人気投票で救われる者もいれば、審査員の判断で特別に復活できる者も。いずれにせよ、1名ないし数名の話であり、今回の「敗者復活の大バトル」でも、敗者チームが勝利した場合に限り、選ばれし数名が復活の権利を得られるものと、誰もが思い込んでいた。
 ところが、である。

「勝利チームは全員が生き残り、負けたチームは全員脱落。その先は、いよいよ個人戦が始まります」

 何ということ!
 残留組は一気に足元の床が消えるほどの衝撃に襲われる。

 鈴音は重く広がる緊張の空気をさっと変えるべく、舞台の敗者チームをねぎらい、
「見事な復活演奏でした! 今度は14時に客席でお目にかかりましょう」
 と、舞台から袖への退場を促してから説明を続ける。
「本日1日は、敗者チームはメインエントランスでもあるロビーをテリトリーとしますので、残留チームは舞台袖と客席の、Aは下手側、Bは上手側を当面の持ち場、話し合いなどの場として下さいねー」
 それだけ言って、敗者チームらと共に舞台を去ってゆく。

 足元をすくわれたかの過酷なルールに、ショックを受けている一同は、そう簡単に事態を受け入れられず、呆然とするばかり。
 ホルンの男女と2人のヴィオラ女性が絡んだ騒動を機に、もはや日常の中でも険悪で、皆が互いに完全無視で敵対するようになってしまったAチームとBチームであるが、どちらが先攻か後攻かは、嫌でも相談せねばならない。一応の幹部もどきということで、Aからはチェロの白城貴明と、ヴァイオリン浅田&稲垣の黄金コンビ、Bからはフルート紺埜怜美とヴァイオリン浜野亨が、自然と客席中央の審査員席に寄って行き、他の面々は遠巻きに見守る形となる。

「実はとてつもない提案が」
 白城貴明が自分たちだけにしか聞こえない声量で持ちかける。幸いなことに撮影陣は敗者チームの晴れやかな動向を追っているので、内緒の相談がカメラに捉えられる心配はないのだ。
「全員の賛同も必要ですし、そもそも番組側が認めるかも知れたものではないんですがね」
「それを言われるなら......、多分、僕も同じこと考えついてるんだと思います」
 浜野亨も恐る恐る言い出し、紺埜怜美は、不安げに、
「まさかのまさか、まさか、あり得ない掟破り、考えてます?」
「その、まさかですが、我々がこのままの険悪ムードを引きずっていたら、まさかの提案も無理でしょう」
「そう。まずはそこから解決しないと」
 Aの浅田&稲垣も「まさか案」を受け入れる気の模様。
「そもそも妻子あるホルン氏があなたに勝手に惚れて、既に手をつけていたAのホルン女性をないがしろにしたってのが原因、なんですよね?」
「それは外野方々の思い込みで、貞淑な人妻の私が、色恋沙汰に陥るなんてこと事態、あり得ないんですけど」
「誤魔化してもムダですよ。怜美さん、妖艶美女のあなたにも責任がないとは言えませんもの」
「美しさが罪って言ってるわけじゃ、ありませんけど、当事者のあなたなら、何とかできるんじゃないかと」
 男性陣にどうにかしろと迫られ、怜美は問題のホルン男を舞台袖から引きずり下ろして来ようとも思ったが、別なキーパーソンを見つけにBの仲間の元に。ヴィオラの彼女なら、全ての事情を知ってるはずだからと、さっと当人を連れて来る。
「チームの勝利の為に、どーしても解決せねばならないんで」
 と、前置きした上で、浜野が小声でヴィオラ女性に尋ねる。
「正直に真相、教えて。場合によっては、ここだけの話ってことでも」
 Bのヴィオラ女性は怜美に呼ばれた時点で覚悟を決めていたので、時間もないし、他の当事者との相談のチャンスも与えられそうにないしと、衝撃の事実を告白した。
「Bのホルン氏と、Aのホルン嬢......、実は......」
「実は!?」と、5人が迫る。
「実は、親子なんです」
「えっ? えええええーっ!?」と、耳を疑うようにしかめ面で首を傾げて叫ぶ怜美。
 美女はしかめ面ですら美しいんだ....。と、つい感心してしまう居合わせた男性陣。
 客席の残留バトラー全員が、何事かと注目する中、ヴィオラ女性はか細い声で続ける。
「だから、ホルンパパが怜美さんにイチコロになったって悟った娘さんが、怒ったのなんので。でもパパさんったら、根も葉もないことだって叱りつけて」
 怜美も狼狽えて強調する。
「根も葉もないことです!」
「そんなことなら、どーして『ただの親子ゲンカだから皆さん気にしないで』って、言わなかったの?」
 白城に尋ねられ、ヴィオラ嬢はすっかり困ってしまう。
「あ〜、あたし、契約違反に。下手したら番組から訴えられちゃう」
 もじもじしつつも、遠巻きに注目している客席のバトラーらを見渡し、再び覚悟を決めて告白する。
「でも、チームの皆さんを、尊重します。これ、爆弾発言です。ホルン親子と、AとBに1人ずつのヴィオラのあたしたち、プロの音楽家じゃなくて、ただのアマオケ人。番組に雇われたスパイなんです」
「スパイ......」
 怜美の心に、チャイコフスキー《エフゲニー・オネーギン》の世にも美しいフルートの下降音型がよみがえる。それに応える穏やかなホルンの調べ。それは魔法にかかった確かな瞬間のはずだった......。それが大嘘で塗り固まれたまやかしだった?
 怜美は涙ぐんでしまいそうな自分を必死でこらえつつも、動揺は隠せない。そんな想いを察するように浜野亨がさっと反応し、
「それ、言わない方がいいかも。スパイってこと」
 しいっと、周囲に気を配り、その場の一同とも頷き合う。
〈ボレロ〉でわざと落ちる指令を受けて、正体明かして消えてった、あのトロンボーンのスパイ2人みたいに、我々の裏の言動を番組に逐一報告してたんですね! という非難めいた言葉は慎しみ、一同も浜野の提案に賛同する。
「契約されてるなら、違反は避けないと」と浅田。
「でも、話してくれて、ありがとう」と稲垣。
「だから話がややこしくなっちゃったのね。大丈夫。私たちだけの胸に留めておくことに」
 怜美も気を取り直して、恥じ入る様子の彼女を気遣う。
「親子ってことだけ、皆に知られても良いですね?」
 白城が確認する。
「そうすれば、キケンな不倫疑惑の誤解も解けて、皆がなあんだ! って仲直りできるだろうから」
「本当にごめんなさい」
 謝りつつも、契約違反は回避できそうな流れにホッとするスパイ嬢であったが、
「そもそもこの期に及んで、どーしてAとBの仲直りの話が重要なんですか?」
 と、訝しがる。
 幹部の5人は顔を見合わせて頷くのだった。残留部隊、各々のチームが形にするには到底編成が足りなさすぎるのですよ。となると道はひとつ。決断を下しつつ、白城貴明が代表して結論を述べる。
「それはね、究極の選択を我々、迫られてるからなんだ」




 それから2時間と少しが経過し、14時に3人の審査員陣と敗者チームの面々がいそいそとホール客席に赴くと......、
 え?
 おや?
 ん? 何かの間違い?

 舞台には敗者チームと変わらない人数が乗っているではないか!
 えっと、コンマスは浜野亨? って、Bチームだよね?
 チェロの白城教授、トロンボーンに回ってる。彼、Aチームでしたよね?
 指揮者、出てきた。Aの浅田さんだよ?

 てことは......?

 下手の袖に立つ宮永鈴音が、驚いている客席の敗者チームや審査員らに向かって言い放つ。
「AチームプラスBチーム。今朝の今朝まで敵対していたはずの両チームによる驚きの展開、究極の選択がなされました」
 そして審査委員長による「ちょっと待った!」の隙を与えずに、高らかに告げるのだった。
「新生ABチームによる合同演奏です!」








2.「生き残りをかけて」(5/23土曜日深夜0時公開)に続く......







※  コメント欄 近況報告は、先週の話題に押されて翌週回しにされた「バンの赤ちゃん」の誕生報告です。


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