課題の分離|媚びずに生きる賢者の哲学
俺はメンタルが強いと周りからよく言われる。
確かに自分で言うのもなんだが、ちょっとやそっとのことでブレたりはしない。でもそれは「生まれつき強かった」わけじゃない。
課題の分離を知り、実践してきたからだ。
俺の中で目指してる理想像
──それは、 命を燃やして生きる“現代の賢者”だ。
知的で、肉体も鍛え、精神も強い。
ズルせず、媚びず、誠実で、かっこよく生きる。
当然、そんな賢者に“メンタルの弱さ”は似合わない。
でも周りを見渡せば、 IT企業の現場でメンタルを崩していく奴は少なくない。 そしてその多くは、「課題の分離」ができていない。
上司の機嫌に振り回される
顧客の理不尽な要求に心が削られる
他人の怒りを“自分の責任”だと抱え込む
今日、俺自身もちょっとストレスを感じる出来事があった。
でもすぐに切り替えられた。 なぜか? それは「それ、俺の課題じゃないな」と線を引けたから。
このnoteでは、そんな俺の実体験を通して、 課題の分離が、どうやってメンタルを強くするか、 どうやってかっこいい生き方を支えてくれるのかを話していく。
■「それ、誰の課題?」──線を引ける奴が、強くなれる。
“課題の分離”って言葉を聞いたことがあるかもしれない。
これはアドラー心理学の中でも、一番大事な考え方だ。
簡単に言えば──
「その問題って、誰の責任?誰が解決すべきこと?」
っていう“線引き”のこと。
たとえば、俺が正しくリスクを伝えたのに、
相手がムッとしたり、不機嫌な態度をとったとする。
昔の俺だったら、
「言い方悪かったかな…」「空気壊したかも…」ってモヤモヤしてた。
でも今は違う。
俺の課題は、「正しいことを誠実に伝えること」
ー相手がどう反応するかは、「相手の課題」
この線引きができるだけで、心がごっそり軽くなる。
逆に、課題の分離ができてない人間はこうなる。
顔色をうかがって、言いたいことを言えない
他人の怒りを、自分の評価だと受け取ってしまう
そのうち「本当の自分」が押しつぶされて、メンタルが壊れていく
課題の分離は、ただの思考法じゃない。
自分の命を守るための、境界線だ。
■課題の分離は、俺の生き方そのものだ。
フリーランスのコンサルタントとして案件に入ってる以上、
求められる以上の成果を出して、意見もバンバン言う。
それが俺のスタイルだ。
でも、それを「でしゃばり」だと捉えて、
気に入らない顔をされることもある。
中には、それが気に入らず、契約を切られることだってあるかもしれない。
でも、俺はそれでいいと思ってる。
なぜなら、俺はズルをしない。
間違えたら素直に謝る。
気づいたら提案する。
思ったことは、正しく伝える。
それを受け入れるかどうかは、相手の課題。
俺は、俺の“誠実な責任”を果たすだけ。
「自分の信念を通した結果、離れていく人がいる」
それは、俺の価値が足りないんじゃない。単に“合わなかった”だけのこと。
媚びてまで残る現場に価値なんてない。
なあなあで顔色伺って働いていたら、命を燃やすことができない。
最終的に問われるのは、
「命を燃やすか、消費するか」
命を無駄に消費するんじゃなくて、熱く燃やして死にたい
■課題の分離は、最強のメンタル術じゃない。美しい生き方の軸だ。
課題の分離は、ただメンタルを保つための考え方じゃない。
もっと深くて、もっとかっこいい生き方の軸となる。
誰かにどう思われようが関係ない。
こっちが誠実にやったなら、反応は相手の課題。
顔色をうかがって何も言わないのは、優しさじゃない。
本当の優しさは、誠実に向き合って、時に痛みも伝えること。
だから俺は、これからも言う。
感じたことを言う。
必要だと思うことを提案する。
間違ってたら謝る。
ズルしない。
たとえそれで嫌な顔をされようが、
たとえそれで契約が切られようが、関係ない。
俺は俺を生きる。
命を燃やす賢者として。
