研修って、本当に意味があるの?──人材投資にまつわる、3つの違和感
最初に言っておくと、僕はかなり「研修ビジネス」の恩恵を得ています。
MIMIGURIとしても研修のご相談をたくさんいただいていますし、僕自身も『問いかけの作法』や『冒険する組織のつくりかた』をベースにしたミドルマネジャー研修や全社セミナーなどをよくご依頼いただきます。
研修は得意だし、毎回それなりに高い満足度をいただき、手応えも感じます。人事の方からもとても好評いただきます。なので、引き続きやっていく所存です!
なので、この記事ではかなり「自分の首を絞める」ことを書くのですが、ずーっとモヤモヤ思っていることがあって、それは、
「研修って、本当に意味があるの?」
……という素朴な疑問です。
いや、ちょっと言い過ぎたかもしれません。もちろん「学習効果はある」とは思っているのですが、現場で信じられているほど、そんなに効果的な手法なのだっけ?という疑問が、なんとなくずっと払拭できないのですね。
実際に、私たちMIMIGURIでは、クライアントには毎日のようになんらかの研修を実施していますが、内部で研修を導入したことはほとんどありません。そろそろ必要かな?と思う場面はありますが、「自分でAIで調べる」とか「良書を読む」とか「自分たちで学習コンテンツをつくってしまう」とかいろんなローコストで効果のあるソリューションがあるなかで、予算をかけて外部に依頼して研修を整備しようとはまだ思えていない。
それでも、企業の世界では「研修さえやっておけば、なにかが学ばれる」という前提が、なぜかとても強固に信じられているように見えます。
来期の予算計画、新任マネジャーへの対応、エンゲージメント調査の結果。気がつけば、何かを動かす最初の打ち手として、ほぼ自動的に研修が選ばれてしまうのです。
これはいったい、なぜなのか?本記事では、このモヤモヤを、3つの違和感に分けて言語化してみたいと思います。
違和感①:研修だけ、投資判断のジャッジが甘くないか?
ひとつ目は、お金の話です。
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