探究的なキャリアデザインを阻む、3つの「恐れ」の感情をどう乗り越えるか
将来どうなりたい?あなたのWillはなに?そんな問いかけの圧力に、それらしい”3年後の目標”みたいなものを宣言させられて、それを「選択と集中」でまっしぐらに目指していくキャリア観が、あまりにもしんどすぎる。
そんな違和感から、自分が現在進行形で好奇心を向けられるものを「探究テーマ」として設定して、興味を手がかりに自己形成していくキャリア観を提言し、その具体的な方法論をこれまで探ってきました。

ところがこの「探究テーマ」に基づく興味探究型のキャリアデザインの考えは、慣れてしまえばめちゃくちゃ「ラクな生き方」なのですが、最初に踏み出すときにはある種の「恐れ」のような感情が発生して、ブレーキがかかってしまう人もいます。
本記事では、探究的なキャリアデザインを阻む、「3つの恐れの感情」の正体について整理し、その処方箋についてまとめます。
恐れ(1)自分が「揺らぐ」ことへの恐れ
得意技の再現性を高めて、キャリアを盤石にする【安定思考】
いわゆる従来のキャリア形成の定石は、自分の市場価値を高めるスキルや資格をとって、それを基盤として「積み上げていく」考え方を取ります。そのためには良い大学を出ていたほうがいいし、資格は多い方がいい。競争優位性の源泉としての得意技を磨きこんで、成果の再現性を高めれば高めるほど、キャリアは安定するという考え方です。
たとえば「ワークショップ」に関して専門書を出版して、博士号を取得しようものなら、それはもう立派な「ワークショップの専門家」です。このステイタスを拠りどころにして「これで、一生食っていける」と安堵するのが、従来型のキャリア観。これを【安定思考】とでも呼びましょう。
過去の成功体験に疑いをかけて、新たな自分を探索する【実験思考】
他方で、探究的に生きるということは、そういう「自分はこれが得意だ」とか「自分にはこういう価値がある」といった、過去の成功体験に疑いをかけて、思いもよらないアイデンティティを見出していくことでもあります。

たとえば僕の場合、20代後半に確立した「ワークショップの専門家/大学教員」というアイデンティティを自ら手放して、32歳で起業。35歳で『問いのデザイン』を出版する頃には、アイデンティティが「問いの専門家/起業家」にすっかり変容していました。このように、過去に囚われすぎずに、”新しい自分”を探索する姿勢を【実験思考】としましょう。
【安定思考】がリスキーな時代。【実験思考】がかえってキャリアを安定させる
キャリアを形成していく上で、【安定思考】と【実験思考】には一長一短があります。ボウリングで3回連続でストライクが出せているとき、【安定思考】はなるべく4投目も「同じ投げ方」で投げて、成功の確率を高めます。他方で【実験思考】とは、順調なときこそあえて逆の手で投げたり、ボールの重さを変えたり、参加する競技を自ら変えてみたりするような態度です。
短期的に見れば【安定思考】のほうが成果を出しやすく、【実験思考】は非合理的でただのマゾヒスティックな趣向にも見えます。しかし5投目も6投目も「同じやり方」を繰り返し続ける【安定思考】は、それはそれで、過去の成功体験のなかに自ら囚われて、新しいことができなくなっていくリスクを秘めています。いわゆる「サクセストラップ(成功の罠)」というやつです。
そう考えると、【実験思考】はこれからの時代の新たな合理性を持っているもいえます。不確実で変化が激しい現代は、一度確立した専門性の賞味期限がきわめて短く「逃げ切り」が難しい時代です。明日にもボウリングのルールが変わってしまうかもしれない時代においては、【安定思考】はむしろリスキーで、【実験思考】で変容を常態化したほうがかえってキャリアが安定するという、なんとも逆説的な帰結が起こるのです。
"成功の罠"から抜け出し、自分が揺らぐ快楽を覚える
一度確立した自己を破壊して手放すことは、最初のうちは怖くて当然ですが、これが意外に気持ちが良いものです。
僕自身の体験を振り返ると、ワークショップの専門性を手放すことよりも、29歳で博士号を取得した直後、32歳で「大学院の常勤教員を辞めた」ときのほうが、「アカデミックキャリアが途絶えてしまうのでは?」と漠然とした不安を覚えて躊躇がありました。しかしいざ起業してしまったら「なんで些細なことにこだわっていたのだろう?」と不思議に思うほど、自分の選択肢が拡がった感じがして、なんともいえない清々しい気分になりました。この自己破壊の快楽を覚えることが、探究的キャリアの第一歩なのです。
恐れ(2)友人を失うことへの恐れ
「村」の同調圧力から浮いてしまわないだろうか
探究テーマを掲げて積極的に「発信」しようと思ったときに、多くの人がまず直面するのが「周りから浮いてしまうのではないか」という恐れです。自分の職場の同僚や、学生時代の友人グループなど、これまで同調して同じノリを共有していた共同体のメンバーから「どう思われるか」が気になってしまうのです。
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