継続は大事。でも転んだあとに「もう一度」と言えたら、もっと強い。
時間というものは、本当に不思議なもので。
ここ1週間ほどは、寒暖差や低気圧の影響もあったのか、体調がどうにも優れず、それに引っ張られるように気持ちまで沈み込んでしまった。
やらなければいけないことは山積みになっているのに、身体が思うように動かない。結局、この1週間で目立った成果を何ひとつ残せなかった。
最近になってようやく少し持ち直してきたものの、ふと過ぎ去った時間について考えてしまう。
フリーランスとして働いている身にとって、1週間もの間、まったく稼働できなかったという事実は重い。
1週間に3本の記事を書く人がいたとして、記事単価が1本1万円だったとしよう。それだけで3万円分のロスが生まれることになる。
数字として突きつけられると、痛烈だ。ただでさえ不安定な日常の中で、この「何も生み出せなかった時間」は、強烈な焦りと負い目となって心にのしかかってくる。
「また時間を無駄にしてしまった」と、 布団の中で何度も自分を責めた。
しかし、冷静になって考えてみると、稼働できなかった1週間に負い目を感じ、いつまでも気持ちを落ち込ませておくこと。それこそが、本当の意味での「最大のロス」なのではないかと思えてきたのだ。
1年365日のうちの7日。
計算してみれば、約2%程度の時間。
ビジネスの世界において2%のロスが決して小さくないことは理解している。
けれど、自分が立ち上がる気力すら失ってしまったときのことを思えば、2%は「許容すべき余白」だったのではないだろうか、とも思う。
今後5年、10年と、長いスパンで活動し続ける未来を想像したとき、1週間の休みは、長く戦い続けるためにどうしても必要な、必然の休息だった。そう考えた方が、よっぽど心身をすり減らさずに前を向ける気がした。
とはいえ「そんなのは、ただの言い訳だ」 ともうひとりの私が、冷ややかにそう囁くのも聞こえる。
結局のところ、体調を崩して稼働できなくなったのは、自分の自己管理の甘さが招いた結果だ。プロとして失格だと言われても仕方がないかもしれない。
スポーツの世界を見渡せば、シーズン中ずっと無休で、全試合に出場し続ける鉄人のような選手がいる。その圧倒的なフィジカルとメンタルの強さは、間違いなく手放しで評価されるべき素晴らしいものだ。
けれど、私たちはどこまでいっても、揺らぎを持った人間で。
体調不良や、心が折れそうになる予兆を、100%予測し、防ぎ切るなんて誰にもできない。
だとしたら「あれもできなかった」や「これもダメだった」と自分を鞭打つのは、もうやめにすべきではないか。
休んでしまったという事実から目を逸らさず、きっちりと受け入れる。「今はできないのだ」と、ある意味で潔く割り切る。
完璧主義を手放し、できない自分を許容すること。それは決して甘えなどではなく、折れずに歩み続けるために必要な、もうひとつの「強さ」なのだと思う。
毎日noteを更新したり、SNSで発信したりすることを目標にしている人がいるとする(私もそうだ)。
そういう人にとって「毎日続けること」は大きな強みであり、自信の源泉だろう。
でも、私のように体調を崩したり、どうしようもない事情ができたりして、その記録がふいに途切れてしまうことがある。
そんなとき「ああ、もうダメだ」と自暴自棄になり、積み上げてきたものすべてを投げ出してしまうのは、本当にもったいない。
途切れてしまったときは、ただ受け入れればいい。自己嫌悪に溺れるのではなく、その事実を静かに飲み込んで、もう一度やり直す。
一度も転ばずに走り続けるよりも、転んだあとに「もう一度」と立ち上がれる方が、よっぽど価値があるし、なによりも尊い。
稼働率0%の1週間。当時は自己嫌悪の底を這った私が手に入れたのは、そんなささやかな、けれど一生使える「割り切り」というお守りだった。
今、底にいる人がこの文章を読んだとき、そんな考えには至れないと思うかも知れない。それでもいい。私も底にいたときには、こんな風に考える余力すらなかった。
でも、こんな風に考えられる瞬間は来るということを、なんとなしに覚えておいてくれれば、幸い。
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