なぜ日本発のAI医療機器は国内で事業化しにくいのか—厚生労働省で提言に関する記者会見を行いました
2026年7月7日、AI医療機器協議会(スタートアップ39社が参加する「AIを活用した医療機器の開発と発展を目指す協議会」)として厚生労働省で記者会見を行い、AI医療機器の社会実装に向けた提言を政府に提出しました。日本経済新聞には「『AI医療機器を保険償還の対象に』政府へ提言、専門団体」として掲載されました。
私は協議会の理事として会見に登壇し、担当する医療データ整備について訴えました。会見後、「具体的に何を変えたいのか」「なぜ今なのか」という問い合わせをいただいたので、ここで背景と提言の中身を整理します。
まず、数字で見る日本の現在地
現状認識から入ります。
▼AI医療機器の承認数(2026年7月時点の公開データに基づく)
・米国:1,524件(FDA「AI-Enabled Medical Device List」/2026年3月末)
・韓国:549件(大韓医療人工知能学会がMFDS許可データを分析/2026年上半期累計)
・日本:59件(PMDAプログラム医療機器一覧の「AI活用医療機器」欄/2025年12月31日時点)
※各国で集計基準・時点が異なります。単純な横並び比較ではなく、制度設計の差を踏まえる必要があります。
▼ユニコーン企業数(評価額10億ドル超)
米国・韓国・アイルランドなどに複数。日本はゼロ。
高市政権の成長戦略「戦略17項目」でも、創薬・先端医療は中核に位置づけられ、AI・ロボティクス等の革新的デバイスの活用が明記されています。国の方針と市場の成長性は揃っている。にもかかわらず、国内の産業は思うように育っていません。では、何が必要なのでしょうか。
問題は「技術力」ではなく、国内で事業が成り立つ構造
日本のAI医療機器が伸びにくい理由は、技術で負けているからではありません。国内で事業が成り立つ構造がないという点が本質です。
保険診療の現場
保険診療領域では、均てん化や業務効率化を主目的とする技術には、新たな保険上の評価が付きにくいという実務上の障壁が指摘されています。その結果、AI医療機器の保険収載は進みにくい。薬事承認を取得しても、保険収載まで空白期間が長い。その間の導入・運用コストは医療機関の持ち出しになる。赤字経営が常態化した現場に、新しい技術を試す余力はなかなか生まれません。
検診・予防の現場
保険外診療領域(検診・予防医学)では、検診の規制や広告規制が壁になり、医療機関の金銭的負担が少ない形での普及モデルが構築できません。
スタートアップ側に何が起きるか
日本発のスタートアップであるにもかかわらず、国内事業が成立しないため、海外ニーズを優先した製品開発をせざるを得なくなる。日本の医療現場のニーズに合った製品が生まれにくい。個人的には、ここが最ももどかしい点だと感じています。
提言の4本柱—何を変えたいのか
(1)検診におけるAI活用の推進
自治体がん検診には二重読影ルールがあります。胸部X線では「2名以上の医師(うち1名は十分な経験を有すること)」による読影が求められます。一方で、読影を担う放射線科専門医は検査数に対して不足しており、現場では専門外の医師による読影に依存せざるを得ない場面も少なくありません。がん検診受診率は政府目標60%に対し実態は50%弱。受診率を上げたくても、読影体制がボトルネックになる——そんな構造です。
技術は、すでに現場に入り始めています。
英国では、NHSが2023年にAI Diagnostic Fund(約2,100万ポンド)を立ち上げ、胸部X線を中心とする診断AIを66の急性期トラストに展開しました。すでにイングランドの約半数のトラストで稼働しており、2029年までに全トラストへ導入する追加投資も発表されています。つまり英国は「パイロット」の段階をすでに越え、国家スケールの実装フェーズに入っている。中心となる用途は、肺がんを疑う所見を早期に拾い上げ、CTや専門医診断へつなぐことになっています。
ただし、効果検証の結果は一様ではありません。2026年に発表された大規模ランダム化比較試験では、AIによる胸部X線の即時優先順位付けだけでは、CT到達や肺がん診断までの時間を有意に短縮しなかったと報告されました。一方で、地域展開ではレポート回転時間の大幅な改善を示すデータもあります。「AIを入れれば速くなる」という単純な話ではなく、診断経路のどこがボトルネックかによって効果が変わる、これが英国の実装から得られつつある示唆です。
乳がん検診では、約70万人の女性を対象とするEDITH試験が進行中です。英国のマンモグラフィ読影は現在2名の専門医による二重読影が原則ですが、その一方をAIが担えるかを検証するものです。成立すれば年間10万時間以上の読影医時間が解放されると試算されており、放射線科医の3割不足という構造問題への回答として位置づけられています。
米国では、FDAがAI搭載医療機器を継続的に認可しており、その数は2026年3月末時点で1,500件を超えました。うち約76%が放射線科領域であり、マンモグラフィ、低線量CT、胸部X線などで、病変検出、リスク評価、読影支援、ワークフロー改善に使われてい。ただし、その大半は510(k)クリアランスによる「読影支援」の位置づけであり、医師の判断を置き換えるものではありません。自律型として認可された例は糖尿病網膜症スクリーニングなどごく一部にとどまります。
提言の中身は、がん検診実施のための指針(平成20年厚労省健康局長通知)を段階的に改定し、「画像診断支援AIを使用した場合は医師1名以上(十分な経験を有すること)」の読影を認めること。ここで強調したいのは、医師を減らすことが目的ではないという点です。この方向性は、ようやくここ1年くらいで規制改革推進会議でも活発に議論されてきました。有限の医師リソースをより重要な業務に集中させ、精度を維持しながら検診体制の持続可能性を担保する——それが目的です。領域ごとに技術成熟度は異なるため、まずは最も活用が進んでいる胸部X線肺がん検診から進めたいと考えています。

(2)医療機器の広告規制の見直し
医師しか購入・利用できない「医家向け医療機器」は、一般人が誤使用する可能性が低いにもかかわらず、一般向け広告が制限されています。2人に1人ががんに罹患するとされる時代に(国立がん研究センターの生涯罹患リスク推計等)、国が検診の受診勧奨を行いながら、検査の選択肢に関する情報が国民に届きにくい—このギャップをどう埋めるか、が論点です。国民の「知る権利」の観点から、薬事承認を取得した医家向け医療機器プログラムの広告可能性の明示化、既存検査と比較した性能表示の許容などを提言しました。あわせて、国自らがデジタル広告等を活用した検診・予防医療の啓発を企業と連携して展開すべき、とも述べています。
(3)医療画像データの流通
AI開発に使える医療画像データの流通は、ノウハウ・リソース不足、施設ごとの標準化の欠如、医療機関側のインセンティブ不足で止まっています。会見では、この論点について私が説明しました。
・米国:ARPA-H・CDRH・FDAが連携し、25億ドル規模で医療画像データベース構築を推進 ・韓国:2024年に行政主導でガイドラインを改定し、倫理委員会プロセスを大幅に簡略化
日本も、次世代医療基盤法事業者に画像データベース整備予算を与えて安価に提供させるとともに、倫理委員会とデータ提供プロセスを国が主導して具体的に明示すべき——これが提言の骨子です。
(4)保険収載・保険外併用療養の実現
AI医療機器には、薬事承認を取得してから保険収載されるまでの「空白期間」があります。承認されたのに、現場で使う経済的な裏付けがない期間です。医療機関の赤字経営が慢性化するなか、この期間の導入・運用コストは医療機関が自ら負担するしかなく、実使用データもエビデンスも積み上がりません。
この空白を埋める橋渡し制度として「プログラム医療機器に係る評価療養・選定療養」がすでに存在します。ただし現状、評価療養の対象は薬事の第1段階承認を取得した品目とチャレンジ申請を行う品目に、選定療養の対象は保険適用期間終了後に患者希望で使う患者操作型に、それぞれ限定されています。大半のAI医療機器は、この橋を渡れません。
そこで、次の3点を提言しました。
評価療養の対象拡大——第1段階承認・チャレンジ申請品目への限定をやめ、薬事承認を取得したすべてのプログラム医療機器へ
選定療養の対象拡大——患者操作型に加え、医師操作型のプログラム医療機器へ
導入支援の拡充——厚労省の地域医療総合確保基金、総務省のデジタル田園都市国家構想交付金、文科省の高度医療人材養成事業に「AI医療機器の専用枠」を設け、あわせてIT導入補助金の加点項目に「AI医療機器」を追加する。導入促進から導入後の教育まで一貫して支援する
狙いはシンプルで、現場が「まず試せる」状態をつくることです。使われなければエビデンスは積み上がらず、エビデンスがなければ保険収載されない。この鶏と卵を、制度側から断ち切ります。
4つの提言は、ひとつのサイクルです
今回の提言は4本柱——①検診におけるAI活用推進、②広告規制の緩和、③医療画像データの流通④保険収載・保険外併用療養の実現、——ですが、これはバラバラの要望リストではありません。次のように連なる、ひとつのサイクルとして設計しています。
検診でのAI活用が正規化される(提言①)→ 医療機関への導入が進む
実使用データが蓄積され、データ流通の基盤に乗る(提言③)→ 開発と評価が加速する
評価療養で使いながらエビデンスを積む(提言④)→ 保険収載への道筋が立つ
情報提供が可能になる(提言②)→ 被検者側の需要が顕在化し、医療機関の導入判断を後押しする
このサイクルが経済合理性に沿って回り始めれば、「使われないからエビデンスがない、エビデンスがないから収載されない」という循環は、逆向きに回り出す。そう考えています。
「より良い医療をより安く、全国どこでも」。医師不足と地域偏在が深刻化するなかで、これを実現する現実的な手段の一つがAI医療機器です。制度が技術に追いつくべきフェーズに入った——7月7日の会見は、その議論を前に進める一歩でした。
参考情報
会見・報道
日本経済新聞「『AI医療機器を保険償還の対象に』政府へ提言、専門団体」(2026/7/7) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC077R10X00C26A7000000/
日経バイオテク https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/26/07/07/14768/
会見動画 https://www.youtube.com/watch?v=ExToxJM902E
各国承認数の出典
FDA(米国・1,524件) https://www.fda.gov/medical-devices/software-medical-device-samd/artificial-intelligence-enabled-medical-devices
PMDA(日本・AI活用59件) https://www.pmda.go.jp/review-services/drug-reviews/about-reviews/devices/0052.html
韓国549件(DailyMedi) https://www.dailymedi.com/news/news_view.php?wr_id=935622
いいなと思ったら応援しよう!
この記事は noteマネー にピックアップされました

