夜の手紙 デトックス版
夜中のデトックス?
夜中の1時に目が覚めた。
昨日の22時に寝てしまえと思って、目を閉じたはずが、3時間しか寝られないとは思わなかった。
起きてしまうと勿体ないようで、夜中は静かで、少し書く。
奇妙な時間に目覚めた時、いつも思う。
寝不足はすべてにとって悪いのだと。
そして、すぐに同時に「そんなこと知るか!」という気持ちも湧く。
夜中に起きていることは、大事なようなのだ。
少なくともそういう人間がいるということは本当らしい。
私もそういう人間である瞬間があって、「これは書けるな」「夜に執筆する人間がいるというのは当然だな」と思ったりする。
私はというと、じっと風の音を聞いたりして、斜め上を見上げて世界の様子を探ったりして、それで十分という感じもする。
とにかく、今も風が鳴っている。
それ以外に生き物の気配はなくて、ほっと安心するような安全スポットに丸々入ってしまったような感じがしている。
同時に巨大な人間に見られているような、妙な感じもする。悪意もないらしいから、まあほっといてやっている。
世界が騒がしい時間には頭も働かない。
それが夜中に起きていて、万年筆で何かを書いた時、静かだ。
頭が働きだす。それは社会的な意味での成果ではないけれど、働いた頭がそのまま自分の益になるようなものだ。
殆ど自分だけの益で、こういう文章が出来上がる。実際にはもっと容赦のない文章だけれど、ここに書くということで形は変わっている。
それでも、昼間の人々の意識は磁気嵐というか、意識嵐のように吹き荒れている。人間の意識というものはそれくらいの力があるらしい。
もし陽光の香りや残り香がなければ、意識は人というものを喰い尽くしてしまうようなものかもしれない。
それが夜中には、起きている人もいないから、この地球に一人分くらいは自分の余白が自然に確保できて、息がつける。肺圧が解放される。
万年筆の紙を擦れる音がやっと聞こえてくる。何かこちらに語り掛けて来る。
聞こえた時、昼に聞いていた音は何だったのかと思う。悲鳴だったのかなんなのか。論理というプラスティックの飼い葉を食わせていた自分の残酷さがはっと気づかれたりする。
目的に食わせていたつもりが、自分に食わせていたのか。
勿論、夜中に起きている人もいて、意識は夜歩きもしているけれど、昼間との相対的な住みやすさで、じんわりと広がる余地はある。
それは殆ど、じくじくとした膿の放出で、皮膚の上をどろどろのものがしたたり落ちていく感じでもある。
そのときに、気持ち悪さのなかで気持ち悪さが終わっていくことが感じられる快楽が生じてくる。
心地よいことがよいのではない。
それがある進行で感じられる時に心地よいのだということが生のままわかる。
夜の粒が舌の上にも肌の上にも感じられる。そしてそれは終わっていく。
微細な粒がすりすりと擦れて、私から零れ落ちていく。
その様子を一人分の余白で感じられる。
これはどういうことなのだろうか。
昼の快楽は頭でもわかるようなものだ。
夜の快楽は気づいている人は多いのに、本当にはわからない。
だから、「私は朝型です。朝に書くんです」なんてことをいう。
それは夜だろう。夜の延長だろう。といいたいような気がする。
しかし、私も昼に書けば、昼のものという感じで出来上がることもあるし、何か口を挟むことのおかしさを感じもする。
本当は習慣が書かせる。
意識嵐から逃れられることはなくて、殆どの人はその中で混乱していて、混乱の中で生きている。
だから、混乱を少しでも整理できた人や、何らかの理由で掻い潜れた人が何かをわかったように思えるという、逆説的なものが生じている。
頭がいいとか、何かを理解したとかではなくて、一時的に混乱を弱めたということが本当なのかもしれない。
その入り口が夜にある。
夜のぽっかりと空いた安全地帯にあって、そこにはいかにも怪しい牙が飾ってある。触ったりしてどうこうなるわけでもないけれど、いかにもなオブジェだから、朝型ですと一応世間的には宣言も必要になる気もする。
何を書いているんだろう。
いつもの通りに面白くなってきた。
夜が終わる。
今は2時43分で、風が静まった。
また一度か二度風は強まる。
夜中に書いていると、おかしな自分が引き出されて、ラブレターを書いてすぐに出す愚行を冒す青年の文章になっているかもしれない。
青年の愛は相手が居なくても成立するような自己愛と殆ど同形であるようで、少なくとも他人から見ると、発展形態の一部と認識できるようなもので、相手の自我を利用している。
おそろしいのは、その青年は青年時代に終わるものでもなく、折に触れてやって来るということか。
それを昼に直して、やっとそれなりになる可能性があるのに、夜の私はもう「知るか!」という気持ちで書き終わらせたい。
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