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蜻蛉や源氏の二人の女 古典の楽しみ方

蜻蛉日記に手を出した。

4月の読書予定で「源氏の宇治十帖」を読むと書いて、

読み始めようかと思い立った時に、蜻蛉日記が目についてしまった。

私は恥ずかしながら古典をまともに読んだことが殆どない。
そのあらすじや現代語訳は知っていたとしても、原文に当たりながら読んだものは源氏物語しかない。
それでなんとなく気が咎めて、蜻蛉日記を手に取った。

内容をごくごく簡単にいうと、
当時評判の三大美人の一人が歌才もある才女で、それに対して奥さんが妊娠して次の女を欲しがった男がちょっかいをかけた。男がどこまで本気なのかわからないが、この才女はあしらい切れなくて、男の権勢が増していく予測も立ちやすかったので、妻になってしまった。妻になるつもりが妾になって、20年もの辛い日々を送った。
それは男の軽薄さやだらしなさもあるけれど、この女の視野の狭さや可愛げのなさも男を遠ざけて、女自身を不幸にした。
というようなものだ。

私はこれを読んで、女の目が冷酷に二人の関係を射抜いた告白文学だといわれるときに、何かが違うというような気がした。

私は男で、女に同情するよりも男の気持ちがわかるという面を捨て置いても、この女を労わる気持ちが薄い。
それはたぶん、私が女になってこの日記を書き直しながら読んだとき、作中で自身を打つために男に酷く書いた次の瞬間に、私(道綱母という作者自身)をさらにより強い力で打つことが繰り返されていくからだ。
冷徹な目である分だけ、読者は盲執の裏にある氷眼の異常さに着目するだろうが、私には冷徹な差配が見えてしまう。作者を余分に打ち、冷酷な地点へ運ぶ力や、その場所にいることをそのまま出してしまう自傷が見えるからだ。
この作者はもっと賢くて、もっとも自分を打ったように感じる。それが私には返ってこの作者に同情しない気持ちを湧きあがらせる。
懊悩は冷徹さに道を譲って、そうだからこそこれが一纏りになった。

だけれども、これらから読み取るものはかなり単純で、その内容の懊悩と冷たい血の流れとは別に、花弁の裏を見て、それを壊してしまいたくなる小さな棘のような残虐性の繰り返しと増幅で済んでしまう気がしている。
賢い人間の素朴な加虐性(それは自己へも及ぶ)を見た気がした。

私はこれを読んで一番思い浮かんだのは、光源氏への記憶から蘇ってくる腹立たしさだった。

私にとって源氏物語の主人公は光君ではない。
光源氏はいつも一寸先にはどうなるかわからないものとして描かれているように感じる。権勢を増してはいくけれど、いつ何時それを失うのか、また何かが起こって命を失うのか、とにかく弱く儚いものという空気をまとって描かれる。それが作中力学での強さではあるのだけれど、とにかく、弱いものとして出てくるがゆえに、様々なことが許される。
女たちはそれより弱く、弱いものにすがるさらに弱いものとして描かれる。
弱さが弱さを支えて、弱いものが弱いゆえに倫理を超えて暴挙を行う。それが儚い立場から許される。またはまかり通っていく。

そういうときに、私は蜻蛉の冷徹な羽ばたきは隠されていると思う。
裏にそういうものがあったとしても、それは何かあけすけでもっと包まれるべきものとして扱われて、紫式部はさらなる才媛だけれども、そうしないで生きたという感じが光源氏への見方になって生じている。
それは女が男を光源氏のように書いて、蜻蛉の兼家のような酷薄で磊落(らいらく)に書かなかったこと、そう書くと成立しなかったものを書いたということが、何か腹立たしい。

蜻蛉のああいう結末は実は誰のせいでもない。
そうとしかできなかったということでもある。
私がこの解釈を変えられないように。

源氏のものも、実はああいう出来事は誰のせいでもない。
それは憐れな一時の出来事であって、誰かのせいということでもない。
むしろ対象がいないような、もっと集団という以上に輪廻の中での交わりで、溶けて行ってしまうようなものとして書かれている。
それがあれを文学にしている。

このとき、私は源氏のほうが何かを献上する気持ちで読まざるを得なくなる。
光源氏は駄目なのだけれど、駄目だということにできない地点に置かれている。
構造としてそうだという以前に、そういう地点に配された私たちを思わせる。
源氏は最も優れた文学である。そう思うという以上に、思わざるを得ないというところで出来上がってきている。

私たちはこの空の下の島で、天空から落ちてくる一滴の美しさを、誰もが胸の正面で、そこしかないという空白の一点で受け止めている。
それは困ったことであるし、美しさを引き受けさせられるという意味で、何か狡いような気がする。

古典を読んで何を思えばいいのかわからないが、それでもこの島を好きになるような気はしている。

蜻蛉も源氏も今はまだよくわからないが、もう何度か読まなければなと、それだけは本当に思った。

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