【エッセイ】落としたアイスと子供たちの未来
(1645文字)
近所のドラッグストアのレジに並んでいたときのこと。
前に並んでいる女性(50歳前後)は、カゴではなく、片手にアイスをひとつ持っている。
クーリッシュって分かりますかね?あのパックになっていて吸口がついているやつね。
女性はそのクーリッシュを足元にポトっと落とした。そしてそれを拾い上げるとレジから外れていく。
どこに行くのかと見ていたら、アイスの冷凍庫に行ってクーリッシュを交換してきた。
いやいや、ちょっと待ってくださいよ、と。
落としたアイスが嫌で交換したい気持ちは、百歩譲って良いとして、それを冷凍庫に戻して別のものを持ってくるってことは、その落としたアイスを誰かが買うということだからね。
そりゃ買った人は気付きませんよ。汚れているわけでも破れているわけでもないし。
でも、自分が嫌だと思ったものを他の人に買わせるって、それ、自分自身ではどうなの?と思う。自分にだけは嘘をつけないワケだから。
女性は至って普通の感じなんですよ。品が悪いとか、荒んだ感じもなく、至って普通。
確かにね、大したことないですよ。
でもなぁ、もしこの人に子供がいたら、子供はそういうところを見て育つんだろうなと思うと、なんだかガッカリする。
この件で思い出したのが、三年くらい前の冬に、ある日帰り温泉に行った時のこと。
夕方の温泉は混雑しているらしく、駐車場は満車に近いけど広いので、入り口から遠い方はかなり空いているスペースが見えるという状態。
ボクはちょうど入り口の目の前の車が出たところだったので、そこにすんなり止められた。
ハッチバックを開け、風呂道具を取り出している間に、ボクの目の前の身障者スペースに止めた車があった。
国産のまずまず高級なセダンで、中から出てきたのは老夫婦。歳はおそらく70歳前後。2人とも上品な身なりをしている。まぁ、つまり、それなりにお金がある「普通」の老夫婦。
そして彼らはスタスタと入り口に向かって歩き出した。
それを見てボクは言いましたよ。
「そこ、身障者スペースですよ」
しかし無視して歩き続けるふたり。ボクはもう一度、今度は大きな声で言った。
「聞こえてます?そこ、身障者スペースですよ。止めるなら、奥に空いてるところがありますよ」
今度はさすがに老夫婦は立ち止まった。
しかし、返事もなければ振り向きもしない。ただ立ち止まって考えている様子。
すると、入り口のドアが開いて、他の客が建物から出てきた。
ボクはその人たちにも聞こえる声で、もう一度言った。
「身障者スペースに止めると、車椅子の方が来たら困りますから、移動した方が良いんじゃないですか?」
さすがに婆さんの方は居たたまれなくなったようで、爺さんのコートの袖をクイクイと引っ張った。
爺さんも諦めたようで踵を返し、ボクには何も言わず、しかし大きく舌打ちをして車に乗り込み、他の場所に止めるのではなく、温泉の敷地から出ていった。
その時にも思ったんですよ。
あの人たちにも子供がいて、おそらく孫もいるんだろうな、と。
大したことないと言えば大したことないかもしれない。
だけどボクは、こういうことに接すると、シロアリに喰われた床下を見たような気持ちになる。
世の中は、外から見たら豊かに立派になっているけど、あちこちボロボロだよと。
まぁ、人間はもともとそういう生き物だと言えばそうなんだけど。
しかし、希望がないわけではない。
それはやっぱり子供たちですよ。
環境先進国と呼ばれるスウェーデンでは、家庭ゴミの99%をリサイクルやエネルギー源にしているという。
そのため、家庭からゴミを出す時には細かく分別しなければならない。
もちろん、始めた頃はみんな面倒くさがってちゃんと分別しなかったそうですよ。
しかし、学校で子供たちに環境についてや、ゴミの分別の必要性をしっかりと教えると、それが当たり前になり、ちゃんと分別できない親たちに注意をするようになったそうだ。
ダメな大人はダメなままかもしれない。
ボクだってそんな大した大人じゃないです。
でも、もうそれは仕方ない。
だからせめて、子供たちの未来を邪魔しないようにして欲しい。
