発達障害,特別支援教育 7 昭和の回顧,校則,アバウトから厳格化へ
誰でも思うことですがここで疑問が生じます。では,昔は発達障害の子はいなかったのでしょうか? 答えはノーでしょ?
極端な誇張があるとしても、例えば昭和四十年生まれの「さくら、ももこさん」の漫画・アニメの「ちびまる子ちゃん」の世界にも、いろんな個性の子がいますよね。
発達障害の子は昔からいました。 今も大人での発達障害の人はたくさんいます。
昭和の頃は,令和の時代の今と比べて,すべてのことにおいてアバウトで,あいまいだったと思います。一面では無関心だったのかもしれません。大正時代、明治時代以前は,野良仕事さえできればそれでよかったのですから。
それだけに、子どもたちや大人の間でも懐が深く広かったんだと思いますね。 つまり人を受け入れる範囲が割と広かったと思います。 ちょっと変わった子。 ちょっと弱々しい子。 考えが偏ってるが,ちょっと頭が良すぎる子。 そんな程度で済んでいったと思います。
昭和の先生たちも気にするほど,むきになっていなかったです。例えば,場面緘黙の子に朗読をさせることはしなかったです。自閉症っぽい子に,あんまり他とのコミニケーションを無理強いしなかった記憶があります。
よく思い出してみると、クラスには,軽い脳性小児麻痺の子もいましたし,場面緘黙の子もいました。注意欠陥多動…らしい子もいました。その子は給食の時、突然立ち上がって黒板に絵を描きだしたという子なのですよ。
遊びの中では,昔は弱い子には? 鬼ごっこでも,かくれんぼでもなんでもそうしたが,特別ルールを適用して、そういう子達をかばっていました。
親から教えられなくても,多少の障がいがあったり。 脳性小児麻痺の子であったり,生まれつき目や耳が少し不自由だった子にも対しても。 自然と手を差し伸べる、そんな余裕があったのだと思います。
昭和の終わりから,平成から令和と移り変わるうちに世の中は,きちんと「仕切り」が立てられて,決まりもはっきりし,道徳や倫理が叫ばれ,障害があるとか性的な少数者だとか,あえて自分は「マイノリティ」だと主張しなければならなくなったという背景には、
今までアバウトだった部分に白黒をつけないと気が済まない,認めない世の中に変貌したという悪い面もあるのです。私は一昨年、比較的簡単な(しかしハイテク技術で)心臓の手術をしたので,ヘルプマークを付けていますが,優先席の前に立っていても,みんな本を読むとか,寝ているふりとかをして、一度も席を譲ってもらったことはありません。
電車やバスに優先席を設けなくても,必要な人が現れたら、自然に席を譲るのは当たり前なんです。 わざわざ優先席を設けるということ自体が、もう区別の始まりなんです。 ある意味、特別支援学級や特別支援学校も,世の中の仕切りの向こう側ということになります。
昭和の頃からマイノリティの人たちの集まりはありました。 一方で明治・大正からの古い因習を引き継いだ農村や田舎では,重い障害のある人を家の中に隠したり,座敷牢に押し込めたりしたこともありました。それでも,問題が発覚しなかったのは昭和中期までの悪習でしょう。
一九八十年代頃から,学級崩壊の問題が出てきますが,いわゆるツッパリといわれた非行問題に比例して,昭和の後半からだんだんと校則も増え,ついでに拘束「束縛」も増えて。 問題が起きれば決まりを作るか厳しくすればよいとなりました。
こうなるとステレオタイプのように頭の中に刷り込まれて,道徳や倫理から逸脱するものを排除したり、受け入れられないという雰囲気が出てきました。少年法の改悪・厳罰化など、そういう背景があるんです。
きちんとした倫理や道徳の教育はなされてない。家庭や社会や地域でのしつけも充分でない。 にもかかわらず、十八歳にして。 いわゆるハイティーンの犯罪を厳罰化するのは甚だ疑問です。
そうなると,教育心理学の研究から,改めて発達障害という概念が強調されるようになり。 変わった子どもはみんな発達障害ということになってしまい,それでみんなが変に納得してしまうようになりました。
それは鵜呑みしただけなので,素人の方には、どう対処したらいいかわかりません。 ですから,専門家が,一般の親に,あなたのお子さんは発達障害ですよと面と向かって言っても十人が十人受け入れるとは限りません。 腫れ物に触るような感覚か他人事かで,やはりイメージは悪いのです。
しかし、先ほども言ったように、こういった子ども達には隠れた長所はあるので, それをどんどん伸ばしていって,偏るかもですが,天才的な子どもを育て上げることもできると私は思ってます。
ただし、昭和の時代は。 先生の中には給食中、喋ってはいけないとか,残してしてはいけないから,そのあとの掃除の時間まで食べさせたとかありました。
食器のおかずの残りはパンでぐるっとなぞって食器を綺麗にして返しなさいという先生もいましたね。 いかにも昭和らしいというか、貧しい世代を育ってきた先生という感じです。 体罰もあったと思います。
でもそういうとき,大抵の親は,お前が悪いから先生に叱られたんだろうということで問題にはならなかったと思います。 およそ,ケガをするとか,後遺症が残るのはどの時代でも厳禁・厳罰です。
私なんか,つい友だちと調子に乗って,はしゃぐタイプだったので。 中学校の三年生の修学旅行で。 消灯後,女子の部屋へ行っていて、何人かでまとめて叱られました。生徒指導の先生から両頬にビンタされました。でもそれは当然のことだと思っています。
