年齢とともに友達が減ることと、わたしなりの着地点
幼稚園〜大学まで、ありがたいことに、私はたくさんの大切で優しい友達に囲まれていました。
特に大学では、委員会などの活動で頑張っていたこともあって、わりと学校では顔が広いタイプだったと思います。
でも、30歳になるかならないかくらいの頃から、急に友達と会う機会が減っていきました。
いつの間にか、「私ばかりが誘っている気がするな」「なんだか私だけが繋がろうとしているのかな」と感じるようになって。
そんなふうに、一方通行の片思いみたいな寂しさを抱えていた時期もあります。
さらに、「久しぶりに会っても、なんだか話が合わないな」と感じる場面も増えました。
もちろん、それぞれの今の生活や大切にしていることが違うのはわかっています。
優先順位も変わるし、昔と同じような共通点が減っていくのも当然のこと。
だけど、それでも——
「本当は、前みたいに楽しく過ごしたいのに」と思ってしまう自分がいて。
当時が楽し過ぎたからこそ、思ってしまう自分がいて。
そのギャップに苦しくなったこともありました。
「わたしが変なのかな?」「これって、みんなそうなの?」
友達は減るものだ、って頭では理解しているのに、それでもやっぱり、心は追いつかなくて、寂しさが消えなかった。
今日はそんな気持ちについて、少しだけ書いてみようと思います。
初めの頃は、自分からイベントを企画したり、友達をご飯に誘っていました。
もちろん、誘ったらみんな遊んでくれるし、その時間は楽しい。だけど、別れたあとで、なんだか疲れてしまうというか、話が昔話を懐かしむだったり、話の内容があまりにも違う世界だったりして、「わたし、楽しかったのかな?」と、帰りの電車の中で、漠然と虚しい気持ちになることがありました。
友達が悪いわけじゃない。
わたしが悪いわけでもない。
ただ、それぞれの「今見てる世界」が違うだけなんだ——そう理解するまでに、少し時間がかかりました。
子育てをがんばっている子。
仕事をバリバリこなしている子。
趣味に没頭している子。
推しを全力で追いかけている子。
婚活を全力で頑張っている子。
占いに傾倒している子。
同人誌を出している子。
そして、わたしみたいに、仕事や趣味を全力で楽しみながら、それとは別に「人生ってなんだろう?」と考えて、noteにぽつぽつ気持ちを書き始めた人もいる。
みんな、それぞれの場所で、一生懸命自分の人生を生きているんですよね。
なのに。
自分がされたら嫌なことなのに、「自分の道が正しい」と思いたくて、自分と違うステージにいる相手を、なぜか、心の奥そこで否定したくなる——そんな気持ちになってたことに、やっと気づいたんです。
わたしは、他の自分よりも重要なナニカに友達を取られたような、置いて行かれたような、捨てられたような気がしていました。だから、自分は正しい、間違ってない、と、正当化したかったんだ、って。
でも、冷静に考えてみると。わたしだって、他の人から見たら、付き合いが悪くなったり、ユキナ変わったなって思われているのかもなって思ったんです。
昔は、話したい共通の話題があって、それで仲良くなっていた。アニメや漫画、ゲーム、好きなアイドル、大学の講義、卒論、彼氏の話やバイトの話。今はその共通項がガラリと変わってしまった。わたしは、死ぬ時に「もっと挑戦しとけばよかった」と後悔したくないから、経験や体験、自己成長、自己実現、挑戦にお金を使いたい。けれど、それはわたしの人生観で、友達とは違うもの。
でも、それは誰が1番良いとかあなたはダメとかじゃなくて、ただの変化で。
自然の摂理なんだなって、やっと心で思えるようになりました。
そして、そんなことを言ってるけど、またどこかで友達と交わる瞬間があるかもしれない。そう思ったら、「嫌だな」「虚しいな」と思って、そんな風に思ってしまった自分を責めていた自分を、許せた気がしました。
今、わたしは、仕事関連以外でいうと、自分が興味あることのオンラインサロン(怪しいやつじゃないよ笑)に入ったり、興味のある勉強をしています。
友達ではなくても、同じことを学ぶ同士、という気がして、サロンのメンバーを見ていると、なんだか心がワクワクします。
友達は多ければいいとは思いません。
でも、楽しいことがあった時に「聞いて聞いて」と、楽しさを分かち合える人がいるのは、
わたしにとっては、やっぱり幸せなことだから。
そうやって、自分の人生を楽しく生きて、自分に集中していると、不思議と、寂しさはスッと減りました。
けれど。
また、何年後かに子育てが少し落ち着いてきた友達みんなと、40歳になったときにW成人式ができることを楽しみにしている、今日この頃です。
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