死ぬことが分かっていても、生きることは楽しい。
人間は誰しも必ず経験するものがある。
それは「死ぬこと」生まれて、必ず経験すること。私は精神疾患を経験しながらも、今を生きることを大切にしながら日々生きている。
哲学に興味を持ってから、対話や本を通じて哲学というものに少しずつ触れる生活をしている。
精神疾患にかかってからというもの、不安感や拭えない気持ちが大きくなった。
そんな中で、たまたま「無印良品くらしのラジオ」をポッドキャストで聴いていた。
哲学者の永井玲衣さんの対談だった。
そのラジオに夢中になり、哲学対話や、哲学そのものに興味を持つようになった。
私は哲学に対して、堅苦しいとか凝り固まるようなイメージがあった。
だけども、哲学ってそこまで難しくてネガティブな意味ではなくて、自分なりの考えや日々の出来事を少し考えること、自分の言葉にすることだと思う。
永井さんは哲学では、「人それぞれ」という言葉で片付けてしまうと哲学出来なくなってしまうことをあげている。人それぞれだと議論も哲学もできない。
私も普段から自分なりの表現をするように、日々の疑問を考えるようにしている。
私が今の所大好きな哲学者は、エピクテトス。
エピクテトスの言葉で、
「コントロールできるものとできないものを区別せよ」という言葉がある。
コントロール出来るものは、自分の思考や意見、機嫌など100%自分が変えられるもの。
コントロール出来ないものは、他人、過去の出来事、天気、病気など。
コントロール出来るもの、出来ないものをしっかりと区別して執着を手放してもっと自分にフォーカスを当てて行動や判断のみに集中するというものである。
私はこれを初めて見た時、涙が出た。
哲学者の言葉を見て涙が出たのは初めてだった。
衝撃的だった。
自分は変えられない過去に縛られて、なんとかコントロールしようと病気を素早く治そうと他人の機嫌を取ろうとしていた。
それは出来ないことなのである。
コントロール出来るものと出来ないものを混在させてしまっていた。
変えられないものを考え続けても意味がないと、分かって、強迫観念が少し楽になった。
本当にこの考え方に救われた。
こうして、哲学に触れ始めてから、
生きることについて、死について、いろんなことを考えながら哲学者の考えを見ながら、
哲学に触れるうちに、私は「どう生きたいんだろう」と考える時間が増えた。
不思議なことに、人生は少しずつポジティブな方向へ向かっていった。
哲学を自分の生活の中に落とし込むことで、
死ぬことが分かっていても、それでも生きていることが楽しくなった。だからこそ今に目を向けてどう生きていきたいか。
私は自分の好きをいっぱい吸収して、
大好きなアメリカに行って、
いろんな景色を見てみたい。
人に期待も執着もしたくない。
自分軸で生きたい。自己中心的ではなく、
他人の考えに左右されすぎないこと。
自分の考えや意見をしっかり言えるようになる。
大人になるにつれて、何で?って思うことが増えた。知りたくないことが増えた。
大人になるということは不条理を受け入れるという覚悟をすること。
子供の頃こそ、何でダメなんだろうと思うことが多かった。大人には覚悟があって、強い部分もある。
変わりゆく時の中で、変化に恐れず、
前向きに捉えたい。人生で変化は絶対にある。
小さいことから大きいことまで。
これは、大好きなアイドル、アンジュルムの楽曲。
「人生すなわち、パンタ・レイ」から学んだこと。
この曲、発売当時は何となく好きだった。
今は分かる。哲学的で、私自身分かる部分が多かったんだと。万物は流転する。それがパンタ・レイ。
変わるものはあっても、人の本質は変わらない、愛や心、感情。愛はエタニティー(永遠)なのだと。
そういうもの、大切にしたいと思ったのである。
哲学に出会えてよかった。
心からそう思う。そして、もっと学びたい。
私はこれからも、自分の好きなものを集めながら生きていきたい。
いつかアメリカの景色を見て、「ああ、生きていてよかった。」と笑える日が来たらいい。
哲学はきっと、その日まで私の隣を歩いてくれる。
