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『良いデジタル化 悪いデジタル化』:  全文公開 第5章の4

良いデジタル化 悪いデジタル化』(日本経済新聞出版)が2021年6月19日に刊行されました(日本経済新聞出版)。
これは、第5章の4全文公開です。

4 各国のデジタルID:国民に信頼されるシステムとは?

政府に対する不信があればデジタルIDは普及しない
 デジタルIDの利用拡大に関して、人々は、それによる利便性の向上と、政府による監視・管理の危険を比較する。後者のほうが遥かに大きいと考える人が多いのだ。
 こうした状況を変えるためには、現在のマイナンバーカードが国民監視に使えないと説明するだけでは十分でない。制度を改正して国民監視の手段にすることは不可能ではないからだ。
 ハンコは確かに不便な仕組みだ。しかし、その半面で、その利用を自分でコントロールできる。もちろん、実印の背後には印鑑登録制度があり、その事務は市町村が行っている。その意味では中央集権的な組織と無関係ではないのだが、デジタルでなく能率が悪いため、それを用いて個人情報のコントロールがなされる心配はまずないだろう。不便ではあるが、危険性も少ないというわけだ。結局は、便利さと個人管理の危険とのバランスということになる。
 脱ハンコは、もしそれが実現できれば、生産性を引き上げる。しかし、それはコストなしにできるものではない。国家管理の危険が増すのだ。
 では、どうしたらよいのだろうか? 私は、原理的に国民監視に使えないような仕組みを導入すべきだと考える。それが「分散型ID」の仕組みだ。
 これはブロックチェーンを用いる仕組みであり、現時点で実用段階にはなっていないが、さまざまな研究が行われている。「脱ハンコ」を「分散型ID」によって実現することを目指すべきだ(「分散型ID」については、本章の5で説明する)。

イギリスやアメリカには全国民的なデジタルIDがない
 以下にみるように、デジタルIDの普及度は、国によって大きな差がある。
 イギリスでは、2016年に公共サービスの共通認証プラットフォーム「GOV.UK Verify」が導入された。これは民間が開発したものだ。
 しかし、成功していないと言われている。利用が広まらないのだ。2019年2月時点での普及率は14・4%でしかない。これは、日本のマイナンバーカードの普及率より低い。一般的なデジタルIDが広がらないのは、日本だけのことではないのである。また、イギリスでは、統一的な確認番号はまだできていない。
 アメリカで社会保障番号(SSN:Social Security Number)が広く使われていることは、よく知られている。納税、銀行口座の開設、運転免許証の取得、不動産の購入や賃借、自動車の購入、等々、生活のあらゆる面での本人確認に使われる。SSNが使われるのは、アメリカで公的な健康保険証がないことが大きな理由だ。SSNは、アパートの賃貸契約や就労、免許証の取得など、アメリカで生活するにはさまざまな場面で必要とされる。これがなければ、満足に生活をすることができない。
 SSNは広く使われているにもかかわらず、紙のシステムであって、デジタルIDではない。このため、これが国民監視に結びつくというような議論はないようだ。
 なお、金融取引における安全性と効率性確保のために、 Digital Legal Identity と呼ばれるデジタルIDが、財務省によって提案されている。

ヨーロッパの小国ではデジタルIDの利用が進む
 これに対して、北欧ではデジタルIDの利用が進んでいる。
 スウェーデンでは、銀行業界によって開発されたBankIDが、公共サービスでも使われている。普及率は80%を超える。2005年には、インターネットバンキングの共通IDとされた。2012年にはモバイル決済サービスSwishのIDに使われて、利用が拡大した。
 デンマークには、個人番号の「CPR」と本人証明を行う「NemID」がある。NemIDを使うと、つぎの分野で利用できる。

 ・ほぼすべての行政サービス(納税、公共料金支払いなど)
 ・医療サービス(予約・診療記録の確認など)
 ・オンラインバンキング
 ・公共交通用の電子マネー
 ・NemIDと連携する民間のサービス

 なお、次項で述べるように、エストニアにおいては、デジタルIDであるeIDカードが広く利用されている。
 シンガポールでは、国が主導してNDI(国家デジタル認証)と呼ばれる官民共通のデジタルIDが開発され、普及を推進している。市民が単一のデジタルIDで官民のサービスを利用できる。

エストニアの国民ID
 ブロックチェーンを用いる本人確認のシステムをすでに確立している国がある。それは、エストニアだ。
 これを可能にしているのが、国民ID(正確には、personal identification code:個人識別コード)だ。エストニア国民の95%が、国民IDの電子チップが埋め込まれたカードを保有している。このカードは、パスポート、公的身分証明書、運転免許証、健康保険証などとして機能し、本人確認に用いられている。
 エストニアの国民IDは、銀行口座へのログインにも使われている。国民IDの利用回数は平均1日数回に上ると言われるが、これほど頻繁に使われるのは、口座アクセスなど、民間のサービスの本人確認に使っているからだ。
 日本では、マイナンバーと銀行口座との紐づけが議論されている。それによって給付金の支給が迅速に行えるというのだが、給付金を貰う機会などそう滅多にあることではない。それよりは、インターネットバンキングを安全で便利な仕組みにすることのほうが重要だ。
 ただし、そのためには、ブロックチェーンを用いたシステムが必要だ。エストニアでは、国民IDのシステムが2007年に大規模なアタックを受けて情報漏出事故が起こり、それに対処するためブロックチェーンのシステムに移行したという経緯がある。
 日本でも、マイナンバーカードのような中央集権的な仕組みではなく、ブロックチェーンを用いた分散型の仕組みを考えるべきだ。そうすれば、銀行口座のログインだけでなく、印鑑のシステムから脱却することもできる。デジタル庁の重要な仕事は、これを実現することだ。

インドや中国の国民背番号は国民監視の手段?
 国民背番号はインドでも導入されている。2009年に導入されたアドハー(Aadhaar)と呼ばれる制度がそれだ。氏名、生年月日、性別、住所のほか、顔写真、そして指紋や虹彩などの生体情報が、中央のデータベースに登録される。普及率は90%以上。
 これが銀行口座などに紐づけられている。納税申告など100以上の行政サービスにおいてアドハー番号が必須となっている。SIMカードの購入やオンラインチケット購入などでも、番号の提供が必須になっている。
 なお、これはインドで高額紙幣が廃止されたこととも関連があり、「国民監視の手段ではないか」と懸念する声もある。
 中国では、18桁の身分証番号を用いる身分証のシステムが、すでに1995年に導入された。記載項目は、氏名・性別・民族・生年月日・住所など。身分証番号は、生まれた日に決定され、終生不変の個人番号となる。満16歳になると、有形の身分証が交付される。ホテルに宿泊する場合や、高速鉄道や飛行機の切符を買う場合に、提示が求められる。
 これは、紙のシステムだが、いくつかの市では、身分証をデジタル化する試験運用が始まっている。携帯電話のSIMカードと身分証が関連付けられ、携帯電話に表示する形で身分証を提示する。
 なお、中国政府は2014年6月、「社会信用(ソーシャルクレジット)」システムを導入した。これは、国民1人ひとりの資産、職歴、インターネットでの発言、購入履歴などの情報を収集し、それらをもとにして「信用度スコア」を算出するものだ。
 また、中国は、2019年10月に「暗号法」を制定した。これは、さまざまな目的に用いられる秘密鍵を国家が管理するための基礎を作るのが目的ではないかと想像される。


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