『リモート経済の衝撃 』:全文公開 第2章の3
『 リモート経済の衝撃』(ビジネス社)が1月21日に刊行されました。
これは、第2章の3の全文公開です。
3 リモート会議は、メタバースで行なわれるか?
メタの「メタバース」計画は「本気」
映画「アバター」では、分身が仮想世界で活躍する。ついこの間まで、これらはSF世界のことだった。しかし、いま、急速に現実のものになりつつある。
2021年8月、フェイスブック(現メタ)は会議やセミナーを仮想空間で開くサービス「Horizon Workrooms」を始めた(図表2-4参照)。

利用者が自分に似せたアバターを作り、会議に参加する。アバターとは、コンピュータグラフィックスで作成した自分の分身だ。
この仮想空間は、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)の技術を活用して作られたもので、「メタバース」と呼ばれる。その中で人々と交流したり、会議をしたり、買い物やゲームをしたりする。
メタのCEOマーク・ザッカーバーグは、「The Verge」の記事で、メタバースは「モバイルインターネットの後継者」だと述ベた。また、「VRやARは、PCやスマートフォンに続く、主要なコンピュータプラットフォームになる」とも述べた。そして「数年内に、フェイスブックはSNSの企業からメタバースの企業へ変わる」と宣言した。その宣言どおり、同社は21年10月28日、社名を「メタ・プラットフォームズ」に変更した。
メタはこれまで、SNSのサービスを提供するのに、アップルなどが提供するスマートフォンに依存してきた。
ところが、アップルはプライバシー保護のためクッキー(cookie)の利用規制を強化し始めている。そうすると広告事業の収益が低下する。このためメタは、「つぎの事業基盤」を求めているのだ。
メタバース戦略は、ザッカーバーグの遊びや趣味でなく、本気だ。社運をかけているといってもよい。実際、メタはこのプロジェクトに約100億ドル(約1兆1400億円)を投じ、さらに増やしていく考えを示している。また、開発を加速させるため、今後5年間でIT人材を1万人採用するとしている。
メタバースは「ディストピアの悪夢」?
第4章で述べるように、テレビ会議の問題点が指摘されている。何気ない気楽なコミュニケーションの中からアイディアを生み出すのが難しいといったことだ。
メタバースの会議では、相手が目の前にいるかのように話すことができるため、このような問題を克服できるとされている。
しかし、本当にそうだろうか?
デモ画面を見てみると、確かに、ザッカーバーグのアバターは、彼の特徴をよく捉えている。そして身振り手振りや、表情の変化なども表現している。
しかし、仮想空間におけるコンピュータグラフィックスのキャラクターと自分が結びつけられることに、違和感を覚える人も多いのではないだろうか?
まったく別のキャラクターになるのは、わかる。例えば怪獣になって格闘するというのならわかる。しかし、自分に似ている漫画のような人物が出てきたら、「私はあんな漫画のような顔ではない」と反発する人が多いのではなかろうか?
また、仮想空間での音楽会というのならわかる。しかし、これを学校の授業に使えるだろうか? 「漫画のような顔では、真面目な講義はできない」という教師が多いのではなかろうか?
あるいは、アバター同士でビジネスの会合を開くことができるだろうか? 真剣な交渉をするときに、コンピューターグラフィックスのキャラクターを相手にして、できるだろうか?
「現実の自分とは異なる表情や声をもつアバターを利用するために、意見が言いやすくなる」という意見もある。そういう人もいるかもしれない。しかし、アバターに隠れて初めて出てくるような意見を、まともに受けてもいいのだろうか?
いまの子供たちは、メールやLINEやチャットで連絡するのではなく、ゲームの中のキャラクターになって連絡し合うのだという。確かにそうかもしれない。しかし、それは子供の遊びだからできることではないだろうか?
メタが作ろうとする「メタバース」は、人間の本性に反するもののように思えてならない。もっとはっきりいえば、人間の尊厳を冒すものであるように思えてならない。
位置情報アプリなどを製作している米ナイアンティックのジョン・ハンケCEOは、メタバースを「ディストピアの悪夢」と批判した。私も同意見だ。
ホログラム方式もある
しかし、将来のリモート会議として開発されているのは、アバター方式のものだけではない。
ホログラムを用いるものもある。本章の1で述べたマイクロソフトのHoloLens 2は、3Dとして再現された物や人物を見るためのARゴーグルだ。
「holoportation」は、複数の3Dカメラで撮影した人物の3Dモデルをリアルタイムで転送する。情報を保存した後で、HoloLens 2で再生することもできる。映像は縮小表示もできるので、例えばデスクの上で再生することも可能だ。
3次元の等身大ホログラムが会議室に投影されるので、あたかも会議室にいるようにコミュニケーションを行なうことができる。これは映画「スター・ウォーズ」の中でジェダイテンプルの会議に用いられている方式だ。
私は、この方式に対しては、先に述べたような違和感はもたない。仕事用には、ホログラム方式のほうが適しているのではないだろうか?
こうしたサービスは日本でも開発されている。H2L社は、透過ホログラムでリモートワーカーのホログラム画像をオフィス内で映せる「HoloD」の提供を開始した。
われわれの働き方は大きく変わるだろう
アバター方式とホログラム方式は、それぞれの特徴をもっている。うまく使える対象と、そうでないものがある。
だからカジュアルな集まりや娯楽はアバター方式で、そして、講義や仕事のコミュニケーション(とくに交渉)はホログラムで、という棲み分けがなされていくのではないだろうか?
さまざまな技術がしのぎを削っているので、どれが広く受け入れられていくのか、現時点では見通しがつかない。ただし、「移動しなくても、移動したのと同じように仕事ができる仕組み」が急速に開発されていることは間違いない。遠隔地とのコミュニケーションは、さらに円滑になるだろう。われわれの働き方は、こうした技術を活用することによって大きく変わるだろう。
