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『良いデジタル化 悪いデジタル化』:  全文公開 第5章の3

良いデジタル化 悪いデジタル化』(日本経済新聞出版)が2021年6月19日に刊行されました(日本経済新聞出版)。
これは、第5章の3全文公開です。

3 失敗した住基ネットの後継がマイナンバーカード

住基ネットは無残な失敗に終わった
 国民背番号と電子署名について、日本はすでに住民基本台帳ネットワーク(「住基ネット」)で失敗している。その後継がマイナンバーカードだ。マイナンバーカードの活用をはかろうとするのであれば、なぜ住基ネットが失敗したかの反省が必要だ。
 住基ネットは、2002年8月5日に第1次稼動し、03年8月25日から本格稼働が始まった。これは、日本における初めての総背番号制度だ。
 住民基本台帳の情報をデータベース化し、各市町村のデータをネットワークでつないだ。住民基本台帳は、氏名、生年月日、性別、住所などが記載された住民票を編成したもので、住民に関する事務処理の基礎となる。そして、電子証明書が格納された「住基カード」が発行された。
 住基ネットには、2002年から毎年130億円が使われ、13年間で2100億円。自治体の初期費用・維持費用も合わせると1兆円近い税金が使われた。
 それにもかかわらず、住基カードは普及せず、カードの交付枚数は710万枚(2015年3月)にとどまった。普及率は5・5%に過ぎなかった。そして、2015年末に更新手続きが終わった。つまり、住基ネットは、無残な失敗に終わったのだ。

ほとんど使い道がなかったから使われなかった
 国民の側からみて、住基カードで何が便利になったのだろうか? 総務省の説明を読むと、まず、「パスポート申請に住民票の写しの提出が不要となる」としてある。
 それでは窓口に行かないで済むのかと言えば、依然として「戸籍謄本・抄本」などの書類が必要とされた。つまり、市町村役場やパスポートセンターの窓口に足を運ぶ必要があったのだ。
 あるいは、「従来は、住んでいる市町村でしか交付を受けられなかった住民票の写しを、住基カードの提示で、全国どこの市町村でも交付を受けることができるようになった」とされた。
 また、「引っ越しの場合、従来は、それまで住んでいた市町村で転出届の手続きをし、転出証明書の交付を受けた上で、引っ越し先の市町村で転入届を行う必要があった。それが、住基カードの交付を受けていると、郵送またはインターネットにより住んでいる市町村に提出すれば、転出証明書がなくても引っ越し先の市町村において転入届を行うことができるようになった」とされた。
 確かに、こうしたことで、従来よりは手続きは少なくなるだろう。しかし、パスポート申請や住民票の写し取得は、頻繁に利用するサービスではない。引っ越しも、一生に数回というのが普通だ。
 これだけのために住基カードを持つ必要があるのかどうか、疑問だ。少なくとも、生活に重大な支障が出るようなことはない。また、1兆円という膨大なコストをかけてシステムを構築するメリットがあるかどうかも、疑問だ。
 「自宅でいつでもPCとインターネットを通じて申請や届出をすることが可能となった」との説明もあったのだが、こうした感激的な効果はなかったのだ。

国民は何を心配したか?
 どんなメリットがあるのかが、はっきりしない。それなのに、なぜ政府は熱心に導入しようとするのか? この裏には何かあるのではないか? 多くの国民が、このように考えた。
 とくに問題とされたのは、国民監視やプライバシー侵害、情報流出の危険性だ。そして、「監視・徴税強化社会はNO」とのスローガンのもとで、各地で違憲訴訟などの住基ネット訴訟が相次いだ。
 これらに対しては、2008年に最高裁が住基ネット合憲の判決を下した。その理由の要旨は、住基ネットが扱う情報は「秘匿性の高い情報とは言えない」、住基ネットの仕組みは「外部からの不正アクセスで情報が容易に漏洩する具体的危険はない」とのことだった。
 ところで、「メリットがはっきりしないのに導入に熱心」というのは、マイナンバーカードでも同じだ。これについては、本章の1で述べた。
 なぜ導入したいのか? 真の目的は何なのか? 課税強化か? 国民監視か? それほどでなくても、「ITベンダーと利権確保か? 天下り先確保が本当の目的か?」等々の疑念が出てくる。
 政府は、これらの1つ1つに、誠実に答える必要がある。マイナンバーカードのような仕組みは、国民の国に対する信頼がなければ、成功しない。
 住基ネットの場合、世論の反対が強く、政府が望んだ民間情報との紐づけができなかった。そのため、使い道がなく、それが疑念を増幅させるという悪循環に陥ったのだ。

認証局という中央集権的組織が裏に控える
 住基ネットやマイナンバーカードが疑いの目で見られる大きな理由は、それが中央集権型の仕組みだからだ。
 現在の電子署名は、背後に「認証局」と呼ばれる中央集権的な組織が控えている。ここが、電子署名の正当性を証明する。
 電子署名が普及しない大きな原因は、認証局から電子証明を貰うのが簡単ではないことだ。このため「クラウド署名」のような便宜的方法が使われる(第3章の2、3参照)。
 「住民基本台帳カード」の場合には、「地方自治情報センター」と呼ばれる組織が認証局となっていた。マイナンバーカードの場合にも認証局がある。それは、「地方公共団体情報システム機構(J―LIS)」と呼ばれる組織だ。これは、実は、「地方自治情報センター」が名称を変えたものだ。
 なお、2016年1月18日から19日にかけて、地方公共団体情報システム機構で障害が起こり、一部の自治体でカード交付ができなくなったことがある。

中央集権的でない「脱ハンコ」はあり得る
 以上で述べたことをまとめよう。「脱ハンコ」のためには、電子署名のシステムを導入しなければならない。住基ネットはそのための仕組みであったし、その失敗を受けて作られたマイナンバーカードも、電子署名のためのものだ。
 それを支えているのは、認証局を中心とする中央集権組織だ。中央集権的組織が支える仕組みだから、国民監視やプライバシー侵害、情報流出の危険性などを、原理的に否定することはできない。
 では、脱ハンコの実現のためには、そうした危険のあるものを受け入れざるを得ないのか?
 そうではない。マイナンバーカードなどに対してなされている批判に応え、かつ電子署名を簡単に行うための仕組みは、原理的には存在する。まだ実用段階にはなっていないが、そのための仕組みが開発されつつある。
 それは、中央集権的機構の代わりにブロックチェーンを用いるものだ。ブロックチェーンを用いて分散型IDと呼ばれる仕組みを作れば、認証局なしの電子署名システムができる。これは、「Trusted Web」と呼ばれる仕組みだ。
 内閣が主催する「デジタル市場競争会議」が2020年6月16日に公表した『デジタル市場競争に係る中期展望レポート(案)~ Society 5.0 におけるデジタル市場のあり方~』も、分散型IDの重要性に言及している。
 住基ネットが出発した2002年には、こうした技術はなかった。しかし、その後ブロックチェーン技術が発達し、こうした仕組みの構築が可能となりつつある。新しい技術を積極的に導入し、プライバシー侵害や国民管理を防ぐ努力がなされるべきだ。


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