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不器用な私をようやく許せるようになった日

子どものころ、大人って何でもできる人だと思っていた。
仕事をして、家のことをして、趣味を楽しむ。

それがあたりまえのようにできるのが大人だと思っていた。
そして、私もそんなふうになれると思っていた。


人並みになりたくて、必死だったあの頃

中学生、高校生と年を重ねるうちに、私は知った。
人と同じようにやるには、私は倍くらいがんばらないといけないんだと。

早くできない、スムーズに進まない。
そんな自分が、もどかしくてたまらなかった。

イベントやグループ活動では、足を引っぱってしまうこともあった。
何も言われないように、せめて人並みになれるように、私は必死だった。

すべてが中途半端で、自分を責めた日々

自分が器用でないと認められたのは、結婚して、子どもが生まれてからだった。

仕事、育児、自分の時間。
どれもが中途半端で、何もかもうまくいかない気がしていた。

まわりを見れば、みんな何も言わずに、涼しい顔でこなしているように見える。
自分だけが、器用にできていない気がして、焦った。やりたいことは、湯水のようにあふれてくる。

やりたいのに、できていないことばかり。
いくら「やりたい」がふえても、私自身は変わらない。

ひとりの人間ができることには、限りがある。
そんな当たり前のことは、書き出してからようやく気づいた。

ノートが教えてくれた、私のペース

私はノートに書いた。やりたいこと、できたこと、使える時間。
それを見つめて見つめて、思い知った。

認めたくなかったけど、私は器用ではない。
だから私は、やることをにしぼることにした。

不器用でも、私は前に進んでいる

「今日はこれだけ」と決める。
そうすると、心がすこし軽くなる。

何もかもこなせなくても、昨日より少し進んでいれば、それでいい。
私は器用じゃない。
でも、不器用なりに、自分の歩幅で進んでいる。
それはきっと、悪くない生き方だと思う。


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