ザシキワラシ日記002
2007年クリスマス・イブ。それは1歳児の小僧(ザシキワラシの兄さん)も寝静まった、いつもの夜だった。小僧の妊娠以来、私の心はずっとふわふわぼよんぼよんとしたままで、その夜も夢か現かの覚醒水準で、眠るともなく眠っていた。
人間の身体は、妊娠だの出産だのに臨む緊急時には、その過酷に耐えうるべく、ぶっ飛び幸福系の内分泌システムを維持するように機能するらしい。ふわふわぼよんぼよんの正体はこの特殊なホメオスタシスだ。小僧の妊娠出産を機に社会適応モードのスイッチが切れたまま、その時は来た。
12月25日クリスマス。朝方に妙な感じの便意を催した。予定日±1週間に入っていた私は、ふわふわしながらも、おいおい私、こればっかりは流石に便意じゃないっつーのと自分に突っ込みを入れながら覚醒し、陣痛に気づく。慌てて夫君を起こし、大急ぎで車に乗り、産科医院に向かう。
駐車場から波打つ陣痛に合わせて、歩み、止まって耐え、歩み、止まって耐えを繰り返し、夜勤の看護師に導かれて分娩室に入る。約一年前、何時間もの未知との格闘の末に小僧がにゅるんと出てきたあの夜の、独特の痛みのリズムをリアルに思い出す。分娩台の形態というのは、わりと苦しい。腹を抱えて丸くうずくまりたい痛みの中、求められるのは平時の昼寝のごときあっけらかんとした仰向け体勢だ。
いまだ忘れられず体感に残っているのは、踏ん張りを効かせるための足枷の一つが壊れていたことだ。右足が定まらない。腹に力が入らない。生と死を行き来するかのごとき痛みの波に対して、スカスカに適当な右の足枷。私の身にもなってくれ!スカしてんじゃねぇ(笑)!
「ちょっと待っててくださいね~」と言い残して助産師はのんきに別室に消え、足枷の頼りなさに集中するばかりの私の意識に、うわっとその時は来た。出産時のこの妙な生のリアリティは、いまだ言葉にできない。
助産師が戻り、窓の外が白み始める頃、始終力の入らない右足が気になっている間抜けな私の意識をよそに、その子は突如、にゅるんと生まれ落ちた。その後のことはあまり覚えていない。なんせ、ふわふわぼよんぼよんのさなかのにゅるんだ。
眠りから覚めると、豪華で優しいお祝い膳と、妙な雰囲気を醸しだす愛らしい個体が、私のベッドに届けられた。強い意志を感じさせた小僧の目つきとはまったく違うタイプの意志を見せる穏やかな表情。私とは目を合わさず、私のあずかり知らない世界に向かってにこにこと微笑んでいる。空中に何かいるのか(笑)。この時すでに、母たる私などおいてけぼりなのだが、幸せである以外に考えられないその表情に、小僧とは似て非なる畏怖を感じたものだ。
この人はヘンだという母親の直観があり、後にそれは証明され、ザシキワラシとしての今に至る。私はといえば生理学的ふわふわぼよよん意識も味方して、ヤバい出産をしてしまった感や親たちの受け止めへの不安はほんの数時間で収まり、以降、重度知的障害が判明した時ですら悩んだり唸ったりすることはなかった。なんであれ我が子は可愛い以外にないという動物的本能は、揺るぎなく強かった。ともかく2007年12月25日、キリスト教の聖なる日の朝、私の腹は既に決まっていた。
ヘンな子どもであるという観念がなくなる訳ではないが、社会適応モードのスイッチが切れたままの二人の赤子の出産と育児は、それについて深く考える間もなく、幸福この上ないものだった。現実は、気力体力ともに限界を更新し続けるハードな毎日なのだが、自分以外の生命に対して無我夢中になる充足感には、他に代えがたい迫力と気楽さがあった。
小僧を産んだ時、それまでの私は死んだ。ザシキワラシを産んでからはさらに、わずかに残っていた私らしきもののカケラも綺麗に吹っ飛んだ。あんなにも「私(わたくし)」に囚われて苦しかった自我も青春も、二人もの小さな他者を自分以上に重んじる自動的な心の働きによって、あっさりと死亡した。今の私が知る語彙でいえば、あの時いたのは他力を生きる道の入り口だった。
生まれたばかりのザシキワラシは、小僧と違って毛むくじゃらで、将来恨まれる時がくるかもしれないと焦るほど不細工なお猿だった。長年読み返してはムッとしていた、私が産まれた時の母親の母子手帳の記述も「赤くてお猿さんみたい。こんなことを言うと怒られるかしらね(笑)」というものだったことを思い出し、血は争えないと苦笑いしたものだ。
その母は、ヘンな子どもたる二人目の孫を抱いた時も、重度の知的障害が発覚した時も、私がザシキワラシと命名して喜んでいる時も、まったく変わらぬ動じなさで可愛い可愛いと笑っていた。二人の出産で死亡する以前の私は、母の生き方やり方に反発した時期もあったけれど、心の底からこの人の娘で良かったと思うことができたことも、他力を生きられるようになった証なのだろう。
当のザシキワラシは、生まれ落ちたその瞬間から変わらず他力を生きている。無抵抗で世界に微笑み、同調している。あれから18年と少し、ずーっと、けっして言葉や観念に囚われることのない生の喜び愉しみを、私に見せ続けてくれている。もしこの子が知恵を持つ健常な人だったら、今の私はない。健常とは何だろうか。目の前に起こるすべてを、ただ観て、感覚して、笑って、泣いて、怒って、また笑い、そのまま時を重ねる幸せに開かれて、そのまま死んでいけるという確信をくれた存在、それが福の神ザシキワラシたる所以である。今日も全裸で朝のおやつを食べながら、鈴の音のような声で笑っている。
