金木犀が香る朝に、とっておきごはんを
「あぁ、金木犀か」
街を歩いていると時折、ふわりと甘い香りがする。道路脇の植木に、オレンジ色の可愛らしい花が咲き乱れているのが目に留まった。
標高3000mの山から下山した翌日の朝。
しばらく上で過ごしていたから、下界はどんな感じなのだろうと思っていたけれど。思ったよりも肌寒く、ちゃんと秋がきていた。
歩いているのは、長野県にある善光寺の城下町。「秋晴れ」という名が相応しい晴天で、日差しを痛いくらいに感じる。夏と秋がバトンタッチしている最中のようだ。
昨日の7時間登山の疲労がまだ残っていて、体は少し重たい。けれどお腹は空いたから、こうして街に繰り出した。もうすぐ9時。少し遅めの朝ごはんを食べるべく、目的地に向かって進んでいく。
人通りが少ない商店街を抜けて、夜の街のような雰囲気の建物を横切り、目的地へとたどり着いた。

珈琲館「珈香」。
カラン。中に入ると、店には私以外誰もいなかった。マスターは、厨房にいるようだけれど、入店に気づいていなさそう。何かをジュウジュウと焼く音が聴こえる。
適当に座り、メニューを眺める。厚切りトーストにクリームが乗ったものや、「復活メロンソーダ」「アーモンドミルクのラテ」など、興味をそそられるメニューが並んでいる。
いろいろおすすめはあるようだけれど、私は今は、普通に厚切りトーストと珈琲の朝ごはんが食べたいな。
メニューを決めて、「すいませーん」。
マスターに声をかけたが、なかなか出てこない。
「すいませーん」
何度か声をかけると、「わぁ!」と声がして、びっくりした顔のマスターが飛び出してきた。
「ごめんごめん。気づかなかった。待たせたかな?」
気さくな方のようだと、雰囲気から感じられた。そして、「申し訳ない」と、何度も謝られた。
「さっき来たところです。大丈夫ですよ」と断り、メニューを注文した。マスターは、注文を聞くと、サッと厨房へと入った。
そう言えば表の看板に、「長く店を続けたいので、突然休むかもしれない」との旨が書かれていた。今日は開店していて、ラッキーだったな。
マスターの人柄や、年季が入っている店の雰囲気で、長く愛されてきたお店なのだろうということがわかる。
けれど、こうしてふらりとやってきた若者も迎え入れてもらいやすい雰囲気。居心地がいいところだなぁ。
「はい、先に珈琲ね」

のんびりしているところに、珈琲が運ばれてきた。温かくて、少し濃いめ。飲むと、キリッと目が覚める。
「はい、それとこちらが厚切りトーストのセットです」
そしてすぐに朝ごはんプレートを運んできてくれた。

めちゃくちゃ厚切りではないか。
そして卵焼き2個と、手作りの付け合わせ。
なんという贅沢プレート。
想像以上の厚切りに、1人テンション爆上がり。ではさっそく、いただきます。

至福のひととき。ボリューム満点な朝ごはん。心地よい雰囲気で、お腹も心も満腹。
次長野に来た時、またここに来れるだろうか。
お店はやっているだろうか。
いいお店だったなぁ。もしまた来れなくても、記憶には留めておきたい。そんな素敵な出会いをした、秋のひと時。
「ありがとう。いってらっしゃい。」
お会計を終えた私にそう声をかけて、マスターは私を送り出してくれた。
夢心地で外に出るとまた、ふわりと金木犀の香りがした。昨日一区切りした、私の山暮らし。余韻に浸りつつも、また街での暮らしも、いいスタートが切れそうな予感がした。
金木犀の香りと、満点の朝ごはん。
新しい1日を、穏やかな気持ちで迎えてみよう。

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