「優しくしたいのに、できない」管理職を止めている“たった一つの前提”
会議室の空気が、少し硬くなる瞬間があります。
部下が言いかけて、言葉を止める。
管理職の側も、何かを言おうとして、飲み込む。
その場にいる誰も、悪気はありません。
むしろ「ちゃんとやりたい」と思っている人たちです。
管理職研修では、よく同じ言葉を聞きます。
傾聴を大切に。
否定せずに受け止める。
安心できる場をつくる。
どれも理解している。大事だとも思っている。
それでも現場に戻ると、「できない自分」にぶつかる。
時間がない。
余裕がない。
自分がいっぱいいっぱい。
けれど、本当に止めているのは忙しさだけでしょうか。
現場で多く出会う管理職は、「優しくない人」ではありません。
責任感が強く、真面目で、周囲に迷惑をかけたくない。
だからこそ任され、ここに立っています。
それでも、
表情が硬くなる。
言葉が強くなる。
本当は寄り添いたいのに、距離ができる。
そのあとで、自分を責める。
「またやってしまった」と。
優しくなりたいのに、優しくできない。
その矛盾の中で、静かに疲れていきます。
少し、内側で動いている前提に目を向けてみます。
多くの管理職の中では、こんな言葉が回っています。
失敗しないように。
問題を起こさないように。
ちゃんとしていないと。
この前提が強いと、部下のミスは出来事ではなく、
自分の評価に直結する「脅威」に見えます。
すると、
先回りする。
口出しが増える。
任せるより、管理する。
優しさとは、本来、相手を信じて手放す行為でもあります。
失敗の可能性ごと、プロセスを預けること。
だから「失敗=ダメ」という前提があると、
優しくしようとするほど、体がブレーキを踏みます。
これは性格の問題ではありません。
不安に反応しているだけです。
「余裕がないからできない」と感じるとき、
その余裕を奪っているのが、
失敗をどう見ているかという前提かもしれません。
失敗が価値を下げる出来事に見えている限り、
人は守りに入り、緊張し、余白を失います。
前提が柔軟に変わると、
場の空気も不思議と温かく変化していきます。
このお話は、短くまとめることが難しいテーマです。
続きを、別の場所でじっくりと整理しています。
