「盛れるプリクラ」に潜む思い込み?高校での「女性学」授業レポート♯265
夏休みもそろそろ終わりが近づいてきました。
私は高校(女子校)で女性学の講師をしていますが、忘れないうちに1学期の授業を記録しておこうと思います。
私の授業の目標の一つは、生徒に、日常のなかに潜んでいるジェンダーバイアスや社会構造の歪みに気づく「視点」を持ってもらうこと。
この視点が、多感な時期に、自らのゆらぐ感情や悩みに押しつぶされないための武器になると信じています。
また今学期、授業でも紹介した、女子が受ける「言葉の逆風」。

将来、自らのキャリア、人生を歩む過程で、「女性だから」という理由で言われる可能性のあるバイアスに孕んだ様々な言葉。そんな「言葉の逆風」で折れない翼を生徒には身に着けて行ってほしいと願っています。
また、今学期の授業では、宝島社の企業広告「男でも、首相になれるの?」を紹介。

ドイツでは、子どもたちからこんな質問が出るらしい。 16年間、女性が首相を務めた結果だ。 何だか痛快な気持ちになるのはなぜだろう。 人類の間にはびこるつまらぬ上下関係が、鮮やかにひっくり返されているからだろう。 わずか16年で常識なんてぱっと変わる。さぁ2022年。ちょっと上を見上げてみる。 次のガラスの天井は何だろうか。変わりそうで変わらない働き方改革だろうか。 いまだはびこる長老政治だろうか。 ほんの少しでもひびが入れば、ガラスはもろく壊れてゆく。
次の時代を担う高校生たちの「当たり前」を問い直し、
エンパワーメントする授業を目指しています。
さて、今学期はどんな授業を行ったか。テーマは「アンコンシャスバイアス」でした。
まず、スタートは、日本のジェンダーギャップを表す「リアルな数字」を用いた現状把握から。「なぜ、性別による格差があるの?」という疑問の先にあるのが、日常に潜むジェンダーに関するアンコンシャスバイアスです。「女の子なんだから」「男のくせに」といった何気ない言葉が、知らず知らずのうちに、生きづらさを生みだし、選択肢を奪っています。
では、なぜ人は思い込んでしまうのか?
自分自身のバイアスに気づくワークを取り入れながら、脳の仕組み(直感的なシステム1と論理的なシステム2)を学びました。バイアスは悪意ではなく、脳の省エネ反応。だからこそ「誰にでもある」とまずは自覚することが大事です。
一通りの知識をレクチャーしたあと、生徒たちには「身近に潜むジェンダーバイアス」を探してもらいました。
・第三者が言っていた「保育園・幼稚園の先生は、女性の方が見慣れているから安全に感じる」という発言
・女性だから家事・育児をする
・ドラマのセリフにあった「美人すぎる○○」という表現
・「女子力」という言葉
・男性は弱音を吐くな
・「男性がデートの代金を払うべき」という風潮
・それぞれの職業に対する性別のイメージ
・「イクメン」という言葉
など。
皆が見つけてきたバイアスを、全体共有した際、特に生徒同士で多くの共感を集めていたのが、「プリクラは女子が楽しむもの」というジェンダーバイアスでした。
この意見を出してくれた生徒は、こう分析していました。
「プリクラは女子グループの利用が前提になっていて、機械のデザインや目を大きく肌を白く見せる加工機能も女性向けの価値観で作られている。
男子が撮ると『珍しい』『ノリがいい』と特別視され、撮らないのが普通とされる。これって無意識に行動の制限を生んでいるのでは?
まさに高校生ならではの着眼点です。
この分析には、機能面や商品マーケティングとジェンダーの観点が含まれています。
プリクラは「盛れる」「目を大きく見せる」「輪郭を細くする」といった機能を競い合っています。(ちょうどプリクラが流行り出したのが私が小学校高学年の頃。まさに青春、ど真ん中。でも当時は、こんな盛り機能無かったよ!今のは、本当にすごい…)
企業はターゲット層(主に女子中高生)に短時間で強く訴求するため、分かりやすい「理想の女の子像」を落とし込みます。しかし、そうしたマーケティング戦略が洗練されればされるほど、意図せず「女子の可愛さはこうあるべきだ」という規範や枠組みを社会の中に固定化・再生産してしまう側面があります。
さらに授業では、この「かわいい」という言葉が持つ多面性と圧力についても掘り下げました。 辞書をひいてみれば「かわいい」という概念には、元来「幼さ・弱さ・小ささ(守ってもらう存在)」というニュアンスが含まれています。 だからこそ、女性に対して過剰に「かわいさ」「愛嬌」「従順さ」が求められる文化は、裏を返せば「自己主張をしないこと」「有能さを出しすぎず、わきまえること」への無言のプレッシャーになり得ます。
決して、かわいさを求めるな。強い女性であれ!
と言っているのではありません。個人が「かわいい」を楽しむこと自体は自由です。けれど、「かわいくあるべき」「女の子らしくあるべき」ということを強いていないか。また、このような無意識の枠組みに縛られて、自分の意見を言えなくなったり、選択肢を狭めてしまったりしていないか、自分自身をメタ認知できる視点を持ってほしいのです。
プリクラに潜むジェンダーバイアスに気づけたことが、「マーケティングとバイアスの関係」、そして「可愛さの裏にあるジェンダーバイアス」へと視点を広げていました。
「女性学」は、この社会のB面だと考えています。
だから、さまざまな分野と結びついている。
当たり前を少し疑ってみるだけで、学びの材料が次から次へと出てきます。
1年間の終わりには、自分の違和感やモヤモヤするものに、より自覚的になれること、それを社会構造の中から原因を探れること、そんな力が身につく一助になれればと考えています。
