「異動」を告げられた日、私は壊れた
部署異動じゃない。
人事的に見れば単なる「チーム異動」。
それでも、私にとっては、自分の人生をかけてきた夢を失うのと同じでした。
強制異動〜そして、私は叶えた夢を失った
その日は、生理痛がひどい日なのに、よりにもよって薬を忘れた日で。
さらに、自席に着く時間が全然ないくらい、打ち合わせで立て込んだ一日でした。
その終わりに、呼び出しを受けました。
「ゆくりさん、ちょっといい?」
正直、
「あ、これ、昇進試験を受けられなくなったんだろうな」
それくらいに思っていました。
少しの緊張感はあった。
でも、
「今回昇進できなくたって、次がある、次がある」
って、自分に言い聞かせていました。
このままの未来が続いていくと、疑いもせずに。
休職前に上司にもらった言葉。
「評価に響かないよう調整してみるから、休んでおいで」
この一言に救われて、休みに入る決意ができました。
でも、復職して、部署の実情を見て、
「あ、さすがにこれ、部署的に次の昇進試験は無理だ」
そう、頭のどこかで理解していました。
だから、この呼び出しはきっとそういう話だと、思っていました。
そんな私を待ち受けていたのは、全く予想していない空気でした。
三人の上司と、私。
昇進試験が受けられない、その程度の話で集められるメンツではなかった。
そのとき、ようやくこの空気の異質さに気づきました。
速まる鼓動、カラカラと渇く喉、思わず握りしめて冷たくなっていく手。
思わず、茶化すように自分から切り出しました。
「いやだな〜! ま、まさか、部署異動、ですか……⁉︎」
完全に、ネタのつもり、
いえ、ネタであってくれと祈るような気持ちの言葉でした。
それに対して、ひと呼吸置いてから、上司が発したのは。
「ゆくりさんには、チームを異動してもらいます……
つまり、今の仕事から、外れてもらいます」
という宣告でした。
突然のことで、頭が真っ白になりました。
思考が止まって、目の前がかすんで、音も遠くなって。
手が、震えたのを、覚えています。
何の言葉も、出てこなかった。
意識を取り戻そう、何か言おうと思って、
必死に手のひらに爪を立てて、痛みで思考を引き戻そうとしていました。
だって、私は、今の仕事がしたくて、この会社に入って。
必死に部署異動するために社内で動き回ってコネをつくって。
なんとか今の部署にたどり着いて。
子供の頃からの夢だった仕事を、自分なりの努力の末に、掴んで。
まだ実現できていないけど、芽吹きかけている夢もあって。
一生懸命仕込んでいる企画もあって。
え、それを、全部、失くすって、こと?
心が、理解を拒否して、
でも、ようやく言葉を理解した頭が、
勝手に涙を流していました。
表向きの理由は、新体制による別チーム強化。
でも、実情としては、
「過去のあなたの言動が悪かった」と言われました。
私は「全部」間違ってたの? 自分のことが信じられなくなった
具体的に例に出されたのは、2人の事例でした。
片方は、私自身がハラスメントに苦しみながら指導してきた部下への言動。
彼から「ゆくりさんの指導がきつい」と言われていたことを、知りました。
確かに、正直、当時の私はだいぶ部下に対してきつかったと思います。
でも、私自身が他部署とのやり取りで、相当に追い詰められていた。
そして、部下への指導による改善が見られないことにも、
ずっと悩みを抱えていました。
部下が参ってきていることも、感じてはいました。
でも、それを優しくフォローできるだけの余裕と度量が、
その時の私にはなかった。
それらは、何度も何度も上司に相談していて。
だから、どれだけ私自身が追い詰められていたかは、
知っていてもらえていると、思っていました。
もうひとつは、過去にOJTをしていた部下について。
部下への評価報告のなかで一言、
「これはダメだよね」と言われた言葉がありました。
確かに、その一言だけを切り出すと、
部下の可能性を摘み取ってしまうような言葉だったなと反省しました。
でも、それは罵倒でも侮蔑でもなく、
前後に文脈があってのことでした。
また、私自身も初めてのOJTで、まったく性質の違う部下をどう指導しようか、すごく悩みながらのトライでした。
これも、何度も上司に相談をしてきました。
「初めてのことなので、どうすればいいか悩んでいて……」
でも、返ってきた言葉は、
「いや、私だってこの前のOJTが初めてでしたよ」
でした。
正直、上手く言えないけど、ずっと引っかかっていました。
本当に、同じなんだろうか。
私は、ずっと悩んで、相談して、
それでも、うまくできなかった人間で。
何が違ったのか、もう、わからなかった。
私の元部下は、自分の夢を叶えて、今は別の場所にいます。
夢が叶った時、
「OJTをしてくれたゆくりさんには、先に言いたくて……」
と、上司の次に、私に報告をしてくれたのを、今でも覚えています。
嬉しそうに、これからのことを話してくれた部下。
部下からの訴えがあったとは言われませんでした。
でも、「周りが」私の言動を気にしていた、というのです。
あの部下も、本当は私の指導に対して恐怖を感じていたのかな。
今、どうしても振り返って自分を責めずにはいられません。
ただ、これらについては
具体的に教えられたからこそ、私としても言えることがあった。
でも、それ以外は、
「他部署からも、越権的な言動があると苦言があった」
「周りが、そう言っている」
「みんなが、そう思っている」
という言い方で、私は、もう何もわかりませんでした。
そして極め付け。
「ゆくりさんには、別のチームで『一から学び直してもらいたい』」
「消えたい、今すぐに」で埋め尽くされる脳内
私のこれまでって、全部、全部ダメだったのかな。
社会人になってからの十数年、
何もかも、間違ってたのかな。
飲み会によく誘ってくれる「他部署」の人も、
楽しく会話した「取引先」も、
「みんな」、
本当は、私のこと、嫌だったのかな。
だから、私は、
自分のせいで、自分の大好きな仕事が、これからできなくなるのかな。
ああ、終わった、こんな価値のない私。
消えたい。今すぐに。
頭の中が、この言葉で埋め尽くされて。
思考が一歩も進まなくなりました。
涙が止まらなくて、嗚咽を堪えるために噛み締めた頬の裏の痛みが、食い込んだ爪が、これは現実だと思い知らせてきて。
上司たちは口々に、
「自分たちも同じような目に遭ってきたけど」と言いました。
でも、「同じ」ってなに?
私は、子供の頃からの夢を、叶えてから失うんですが、
それも「同じ」ですか?
でも、その場では、そんなことまだ思えなかった。
ただひたすら、真っ白な頭で、
築いてきた人間関係、社会人経験、
これまでやってきた仕事、
今やっている仕事、これから芽を出しそうな仕事、
何もかもが崩れ落ちていくのだけを感じて。
とてつもない虚脱感と、絶望感と、
ついてこない頭や心と、つながらない言葉で。
その時、自分が何を話せたのか、もうはっきりとは思い出せません。
でも、
「もっと早く、切るより先に、言って欲しかったです」
と絞り出した言葉に、
「いや、何度か指導はしてきましたよ。過去に三回くらい」
と、完膚なきまでに否定をされたことだけは、覚えています。
私は、不良債権なんだ。
そう、はっきりと思いました。
私を異動させることはもう「決定事項」で、
この面談は「通達」であり、すでに選択の余地はないことも重ねて告げられました。
「異動先のチーム長にはもう事情は話してあるから。
そのうえで『来ていい』って言ってくれてるから」
これも、ものすごい衝撃でした。
えっ、こんな不良債権を引き取らせるんですか? という罪悪感と。
「話してあるから」って、どう、なにを? という、恐怖。
だれも、
「ゆくりの話を聞いてから最終決定をしよう」
とは言ってくれなかったんだ。
それくらい、私はひどい人間なんだ。
誰にも、必要だと思ってもらえない人間なんだ。
そう思ったら、
あらゆる人間に対して謝って回りたい、
いいえ、消えてしまいたい、謝ることすら許されない。
そう思って、動けなくなりました。
結局、上司を先に戻して、会議室でそのまましばらく泣いて。
席に戻ろうとして、でも涙が止まらなくて、一旦トイレの個室に入って。
Xで、「しにたい、きえたい」と、はじめて直接的な言葉で呟きました。
「仕事の成功体験」=自己肯定になっていた自分
その後も一週間、
毎日、口を開けば「消えたい」という言葉が息をつくように出てきました。
食事をとることもできなくなり、
なんとかスープを、酒で流し込む生活。
1週間で3kg痩せました。
そして、ギリギリ残っていた休職明け最後の産業医面談。
ここまでの間に、少しずつ、自分がどう思ったか、
何がショックだったのか、それらをノートに書き出して、整理しました。
自分に弁明の余地が与えられなかったこと→話を聞いてやろうと誰にも言ってもらえないくらい自分はひどい人間だったのかと自分にがっかりした
過去の言動をひたすら、かつ、「周りが」という大きな主語で、否定されたこと→これまでやってきた社会人としての私すべて=人としての私すべてが、否定されたように感じた
子供の頃からの夢だった仕事が、もうできなくなること→働くことの意義を感じられなくなった
正直、モヤモヤしたこと、嫌だった言葉は、
具体的に言えばもっとたくさんあります。
でも、この3点に絞ったことで、ようやく、
ずっとパニックを繰り返して脳内で話し続けていた思考が、
少しずつ形になっていくのを感じました。
ああ、そっか。
私にとって、この仕事は、「自分」の大部分だったんだ。
私から仕事をとったら、何も残らない。
私は、無価値だ。
完全に、そう思っていました。
ハラスメントを訴えていたはずなのに
ハラスメントを訴えていたはずの自分が、
訴えられる側になりかけていた、という事実が、
何よりもショックでした。
「消えたい」と願う「恥」の感情に繋がりました。
そして、何よりも怖かったのは、
「周り」「みんな」という抽象的な言葉でした。
「周り」って、誰?
「みんな」って、何人?
その時の私には、それが「全員」に聞こえてしまった。
誰も彼もが、世界が、
私のことを不要だと言っているのではないか、
そう思ってしまいました。
「ゆくりさんは、
言葉を言われた側の気持ちを考えられていない時があるよね」
ああ、私って、そんなにひどい人間だったんだ。
立ち上がれなくなりそうなくらい、情けなかった。
焦りに突き動かされて復職して、
がむしゃらに働いていた私は、
まだ、何も「戻って」いなかったのかもしれない。
自分のせいで、自分の大好きな仕事を失った。
そうとしか、思えませんでした。
全部、自分で壊した。
これが、私の失敗です。
