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【ASD×ADHD】私も娘もフワフワした言葉になる

娘は、3歳の頃から、
誰もいない壁に向かって話しかけていました。


最初は驚きました。


でも、だんだんわかってきたんです。


そこに「誰かがいる」ことを、
娘は本気で信じていた。


いや、きっと本当に
“見えていた”んだと思います。


娘は、想像の世界をたくさん
私に見せてくれました。


大人には見えないもの、聞こえない声、
感じられない気配。


娘の中では、それが日常で、
そこには優しい誰かがいつも一緒にいてくれた。


そんな気がします。


私は、自閉スペクトラムの診断は受けていません。


でも、自分の気持ちを言葉にするのが
とても苦手です。


人と話していても、
何をどう伝えたらいいかわからなくて、
黙り込んでしまうことが多いです。


「変な人」と言われたことも、何度もあります。


娘も、小学生の頃から“友達”と
呼べるような子はいませんでした。


いつも一人で遊んでいて、
学校で嫌な思いをするたび、
私の元に帰ってきました。


気づけば、娘と私はずっと一緒でした。
ふたりきりの、静かで、優しい世界でした。


私自身、大きな音や光にすごく敏感です。



パトカーのサイレン、救急車の音、
聞こえると足がすくんでしまう。
動けなくなるんです。



過去に、救急車で運ばれたことが
何度もありました。



5回、6回…それ以上かもしれません。
理由は、自傷行為です。


誰かに怒られる声が、突然、頭の中に響いてくる。


「なんでできないの?」
「また失敗してる」
「邪魔だよ」


そんな言葉がどこからともなく聞こえて、
心が押しつぶされて、パニックになって、


どうしようもなくなって、
自分を傷つけてしまう。


自分でも、どうしてそんなことを
してしまうのかわかりませんでした。


でも今なら、少しだけ、
わかる気がします。



私は「感じすぎる人」なんです。


誰かの怒りや不安、悲しみが、
自分のことのように流れ込んできてしまう。


だから、社会の中で生きていくのが、
すごく苦しかった。


娘もきっと、そうだったのかもしれません。


言葉にはできないけれど、
たくさんのことを感じていて、


それを、


自分の中の世界で整理しながら、
生きていたのだと思います。


見えないものを見て、聞こえない声を聞いて、
それでも毎日、ちゃんと生きてる。


それは「普通」じゃないかもしれないけど、
とても「尊い」ことだと思うんです。


今、私は娘と暮らしながら、
「このままでも、生きていていい」と、
思える場所を探しています。


変わっているって、そんなに悪いことかな?



話せないって、そんなにダメなことかな?



誰かと同じじゃなくても、
自分らしく生きられたら、


それでいいんじゃないかな?


私は、娘に教わったんです。


“見えない誰か”と話していたあの子は、
誰よりも優しく、
誰よりも強い心を持っていました。



だから、私も負けない。
変わっていても、うまく話せなくても、



私はここにいていい。
娘と一緒に、私のままで、生きていていい。


だから、私も負けない。



変わっていても、うまく話せなくても、



私はここにいていい。



娘と一緒に、私のままで、生きていていい。


そしてこれは、まだ“途中”の物語です。



これからも、娘と私のことを、
少しずつ綴っていこうと思います。



きっと、同じように感じている誰かの、
心に届くように。



また続きを、
読みにきてくれたら嬉しいです。



あなたも、あなたのままで、
今日を生きていてくれて、


ありがとう。


夢神子

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