大人50代。気を使いすぎる私たちへ【思い出話】エッセイ
ひとつ前の記事で、『ファンキー』という言葉が自然に自分から出てきて、思い出したことがある。
30年くらい前。
23才だったか。
会社の同僚が紹介してくれて、とてもお洒落な美容室に行った。
細い階段を上がって、大きなガラスから、けやきの並木を見下ろせる、新しくできたばかりの店舗だった。
そこのオーナーは、以前、わたしが広告の営業で汗だくで走り回っていた時、アポも取らずに飛び込んだ、豪華なお城みたいな美容室のスタッフさんだった。
店舗中央の真っ白な広い階段を、キラキラして軽いステップで降りてきてくれて、ボロボロのわたしに親切に対応してくれた。
そんな、王子様みたいな美容師さんだった。
その王子様がこの度独立されたと聞いて、知り合いだという同僚に、ドキドキしながらも、紹介してもらったのだった。
芸能人のヘアメイクもやっているという、王子様は優しく聞いてくれた。
「どんな風にしたい?」
大きな鏡に映る自分を見て、わたしは言った。
「危ない女にしてください」
ドッ。
王子様もそばにいたスタッフさん、みんなが爆笑し始めて、ぎゃはははと笑う。
ウケ狙いで言ったわけではなかった。
鏡に映る安全安心みたいな雰囲気じゃなくて、
対極のヤンチャな感じにして欲しくて、そう言ったのだ。
めちゃくちゃ笑われたけど、嫌じゃなかった。
楽しくて、なんか一瞬で距離が縮んだ気がしていた。
◇
なんでも楽しければ、楽しいと笑えたあの頃。
笑って大丈夫かな?
傷つけていないかな。
色々頭を働かせすぎて、笑うことひとつでも気をつけるようになってしまった。
「わたし笑われた。」そんな風に受け取られないように、相手の深部まで考えて行動するようになった。
それが歳をとるということなのかもしれない。
処世術だったり。
でも、なんか違うような気もする。
あの頃、若かったときの、空気感を思い出すとホッコリする。
もうあんなに気持ちよく笑うことはないのかな。
そんなことはない。
その頃の友人と会えば、昔のように好き勝手に笑い合える。
時が戻る大事な時間が今も続いている。
