ゆめとルナの旅・幕間「プロローグ」旅立ちの夜と、月の栞
これは、占いライターのゆめと月の精霊ルナが、タロットの世界を旅する物語の、あいだにある小さな夜の話です。
ゆめの手帳「月の栞」に挟まれた、一夜のページをどうぞ🌙
一

夜の部屋には、夜にしか聞こえない音があります。
冷蔵庫の低いうなり。
遠くを通る車。
時計の秒針。
そのどれもが静けさの一部になる時間に、
ゆめはひとり、
テーブルの前に座っていました。
広げたタロットカードは、二十二枚。
何度も切って、何度も並べて、
そのたびに手が止まる。
「また、ここで止まってしまう……」
ゆめは、占いライターです。
カードの意味を言葉にして、
誰かの夜にそっと灯りをともす。
それがゆめの仕事で、
ゆめの好きなことでした。
人と話すのは、あまり得意ではありません。
声に出そうとすると、
言いたいことは胸の奥で小さくなってしまう。
だから、書く言葉を選びました。
文字の中でなら、
誰かのそばに座れる気がしたから。
誰かのためになら、カードをめくれるのです。
あなたは大丈夫、ここで少し休んでいいんだよって、
言葉を選ぶことができる。
でも、自分のこととなると、
一枚もめくれない。
このままでいいのかな。
私の言葉は、ちゃんと誰かに届いているのかな。
本当は、どこへ向かいたいんだろう。
問いばかりが増えていく夜でした。
テーブルの隅には、
買ったまま一度も開いていない手帳が置かれています。
何か特別なことが起きたら書こう。
そう思って、ずっと白いままの手帳でした。
特別なことなんて、
たぶん、私には起きないけれど。
ゆめが小さくため息をついた、そのときです。
カーテンが、ふわりと揺れました。
二
月の光が、濃くなった気がしました。
窓のほうを振り向いたゆめの目に、
やわらかな光の粒が舞い込んでくるのが見えました。
光は部屋の中でくるりと一回転して、
小さな女の子のかたちになりました。

黒い猫耳のフード。
白銀の髪。
胸元には、月のかけらみたいな水晶玉。
「どうしたの、ゆめちゃん?」
女の子は、
まるでずっと前からの友だちみたいに、
そう言いました。
「……だれ? どうして、私の名前を知ってるの」
「ルナ! 月の精霊だよ」
女の子は胸を張って、
それから内緒話みたいに声をひそめました。
「月はね、ぜんぶ見てるんだよ。ゆめちゃんが夜にカードをめくってるところも、だれかのために言葉を探してるところも、ぜーんぶ」
ゆめは何か言おうとして、言葉に詰まりました。
見られていたことが恥ずかしいような、
でも、どこかほっとするような、
不思議な気持ちでした。
ひとりで過ごしていたはずの夜は、
ひとりではなかったのかもしれません。
「なんか……迷ってて。どこへ向かえばいいのか」
気がつくと、ゆめは正直にそう答えていました。
初めて会ったはずの女の子に、
いちばん言えずにいたことを。
ルナは笑いも慰めもせず、
ただ「ふうん」と首をかしげて、
テーブルの上のカードを眺めはじめました。
まるで、答えはそこにあると知っているみたいに。
そのときです。
「ねえ、これ見て!」
一枚のカードが、じわりと光り始めました。
三
ゆめは立ち上がり、カードを覗き込みました。
光はゆっくりと大きくなって、
テーブルの上に、
小さな扉の輪郭を描いていきます。
「これ……なに?」
扉は音もなく部屋の中央に立ち上がり、
その隙間から、星明かりの気配が漏れていました。
夜よりも深くて、夜よりも明るい、
知らない世界の気配でした。
「ここが……タロットの世界?」
「行ってみよう!」
ルナは扉に手を伸ばしながら振り返って、
満面の笑みを見せました。
ゆめは、すぐには動けませんでした。
分からないから、行かない。
そうやって閉じてきた夜が、
これまでにいくつもあったのです。
まちがえたらどうしよう。
私なんかが行っていいんだろうか。
迷ってばかりの私が、
行き先も分からない扉をくぐれるんだろうか。
胸の前で、カードをそっと握りしめます。
でも——と、ゆめは思いました。
行き先が分からないのは、
この部屋にいても同じでした。
だったら、分からないまま踏み出す夜が、
ひとつくらいあってもいいのかもしれない。
ゆめはテーブルの隅の、
白いままの手帳に手を伸ばしました。
特別なことが起きたら書こうと思っていた手帳。
それを、旅の鞄がわりの腕に抱えます。
特別なことは、たぶん、
今夜起きているから。
「それ、なあに?」とルナ。
「手帳。……旅の記録を、つけようと思って。どこまで歩いたか、忘れないように」
「本にはさむ、しおりみたいだね!」
「ふふ。じゃあ、この子の名前は『月の栞』にしようかな。あなたが来た夜に、書き始めるから」
ルナがうれしそうに、ぴょんと跳ねました。

ゆめは静かに頷いて、扉の前に立ちました。
「……うん。行こう」
四
扉が大きく開いて、
眩しい光がふたりを包みました。
光をくぐる、その一瞬。
ゆめは手帳の最初のページに、
短い一行を書きつけました。
——今夜、月から来た女の子に出会った。
旅に出ます。
行き先は、まだ分からないけれど。
分からないまま書いた文字は、
思っていたよりも、まっすぐでした。
こうして、ゆめとルナの旅が始まりました。

二十二枚のカードの世界で、
ふたりが誰に出会い、
どんな言葉を持ち帰るのか。
それはアニメ本編と、
この「月の栞」のページたちが、
少しずつ教えてくれます。
最初の扉の向こうは——
0番、「愚者」の世界です🌙
この夜の話、どうだった?
よかったら、アンケートで教えてください。
続きの幕間も読みたい
ルナの秘密が気になる
ゆめとルナの掛け合いをもっと見たい
今回の読み切りで満足
あなたの一票が、次のページになります🌙
📚 この旅のアニメ本編はこちら
📚 幕間の短編をまとめて読む

いいなと思ったら応援しよう!
ご支援、ありがとうございます🌸水晶夢です🔮皆さまから頂いたご厚意は、さらなる学びと、記事の制作資金として大切に使わせていただきます📚noteでは、占い×セルフケア、占い×推し活コラボ─この2のテーマを軸に、毎日をちょっと豊かにする投稿をお届けしています🖋