【GG夢太78歳のプロフィール】
活動再開:77歳から人生3度目の挑戦!!
25年前のインターネット創世期にネット物販事業を創業、以来紆余曲折を乗り越えて、2023年3月事業継承M&Aにより完全終結しました。その後2年間のオフタイム、その間に想起した人生新ステージでのチャレンジ、2025年4月29日noteで「人生100年時代を、生涯現役で活躍するための素地素養、年金、社会福祉情報など、シニア生活に直結した最新情報を、優しく伝える(人生100年時代のー情報館)【アクティブ シニア専科】を、2025年11月21日WPで「最新の話題や事象のツボどころを、GG夢太の好奇心と感性で話題を速報する【スクープ レポ!!】、12月25日から、有益な書籍の読解所感と生き方の知恵を「アンド・今」で執筆開始しました。

GG夢太のGGは、爺々(ジィジィ)でなく、Grand Generationの略称です。
◆GG (グランドジェネレーション)の由来。
・「グランド」は最上級を意味し、人生の中でも最上の世代と捉える。
・若々しく年齢を重ね、ゆたかな知識と経験を保持し、人生をさまざまなスタイルで楽しむ思考の熟年者。
・定年後の第2の人生を、行動的、積極的に生きる努力を惜しまない人々。
・従来の、「シニア=社会引退高齢者」を超越した、活動的シニアの名称。
【注意】これより後は、ヒストリー含め4000文字以上ある半生の記録です。いま一度、目次に戻り気になる項目のみクリックして飛ばし読みください。いつの日か、関心が高まり全編を読みたくなった時、改めて精読ください。
ちなみに、今回が人生3度目のチャレンジになりましたが、
1回目挑戦は27歳の春、「木芸(茶の湯道具)工房」を起業。
2回目挑戦は50歳の春、「インターネット販売事業」を起業。
3-1 挑戦は77歳の春、「アクティブ シニア専科」(note) 執筆開始。
3-2 挑戦は78歳の秋、「スクープ レポ!!」(WP) 執筆開始。
3-3 挑戦は78歳の冬、「アンド・今」(WP) 執筆開始。
3-4 挑戦は78歳の春、「名著読解所感」(note)執筆開始。
【自己紹介】
【2025年7月4日】夢健太郎はめでたく満78歳に到達しました。
母親を53歳で父親を69歳で見送った子供としては、我が身が喜寿を健康で無事に超え、さらに活躍できる境遇に感謝!ただただ感謝あるのみなのです。
人生2度目の起業(50歳)のネット販売事業は、紆余曲折を乗り越え運営25年を達成、充実感で無欲恬淡の境地に到達、75歳を期に2022年12月22日完結終了しました。
それによりライフスタイルは一変、晴れて自由と新たな情熱を注ぐ時間を充分に得ることが出来る、人生の新ステージに踏み出すことが叶いました。
心待ちにしていたこの時期の到来、これからは実行を保留していた体験や経験の情報発信や投資など、かねてから関心の高かった新分野にチャレンジ !!
愛犬アズキと戯れ、趣味のガーデニングやウオーキングで健康管理、家族や周囲に感謝の誠を尽くしながら、日々を笑顔で暮らせるように精進します。
2022年12月22日実業完結までのヒストリー
夢健太郎は、(有)夢健工房オーナーのキャラクターネーム、かれこれ20年以上は表現活動してるので、ネット上では知る人ぞ知る?程度の知名度です。
我が人生は波乱万丈、紆余曲折、されど心身は壮健、喜寿をまじかにしてマジ現役!! ビジネス、趣味、ボランティアに手抜きなしフル回転の毎日です。
当年75歳、たった一人で、オフライン&オンラインビジネスを複数運営中。今年度は創業25期目、自称【小規模高収益事業の達人】を名乗り始める。
ここまでの健康とビジネス繁栄に感謝!!この気持ちを行動で残そうと、70歳の春一念発起、お四国108霊場(88ヶ寺+別格20ヶ寺 1,400㎞)参拝を発願、遍路道中の安全祈願に京都東寺に参拝を済ませて一番札所霊山寺を出立、毎週土日を使って巡拝を続け1年半で無事打ち上げ。仕上げに高野山金剛峯寺に参拝「南無大師遍照金剛」感激の結願報告、大願成就しました。


遍路の道中、数々の不思議な出来事に遭遇、それが「霊験」なのか「偶然の自然現象」なのか理論で説明できない体験の数々に心を揺さぶられました。
以来、時間を作ってはガイド本を片手に、エネルギーが高いとされる神社仏閣、霊山・巨木・湖水など、パワースポット巡りが趣味の一つに。
それは近場の日帰りドライブから、年に数回は温泉旅行も兼ねて遠出、家族旅行を楽しむようになりました。
【履歴書】
何を血迷ったか平成10年50歳の春、突如起業に目覚め、人生最高の充実期の平安を捨て、東証1部信用銘柄指定建設会社の上級管理職を、家族、同僚、部下が唖然とする中、退職届を差し出し颯爽と会社を背にした大馬鹿者。
この年の高額納税者番付け1位に躍り出た、自然健康食品・化粧品会社代表の斉藤一人氏に触発。ビジネスは「ハードからソフトの時代にシフト!」の閃きに打たれ、まったく畑違いの健康食品代理店に応募加盟。前職のプライドをかなぐり捨て、地べたを這う一軒一軒の飛び込み営業からスタート。
2ヶ月目に月商100万円、登録会員顧客数300人突破、当時の専門店の開店基準を最速で達成。カリスマ斉藤一人氏の祝福を受けて全国初の路面専門店(13坪)を開店。毎日手作りチラシ100枚ポスティング、伝説のお店に。

3年目の会員制ネット販売開始を機に急成長、開業4年目に月商1千万円突破、その後5年以上売上上昇、全国代理店3千店中ダントツの1位に定着。創業8年目、来店客がまばらになった実店舗は閉店、自宅リビングに帰還しネット通販に特化。そのため商品陳列とリアル接客の必要が無くなる。以来受注後発注に変更で商品在庫ゼロ、店舗経費ゼロ、限りなくリスクゼロのSOHO、時間の最大有効活用が可能な理想のビジネススタイルを確立する。
ネット通販事業は、基盤が固まれば効率運営できるのが魅力。1店舗経営だけでは時間余裕がありすぎるため、平成22年、やるならこの分野と狙い定めていた「高額商品のネット販売」、またも経験なしの新分野に進出します。
注目していた開発12年、世界初の新技術、近赤外線分析法を使った食品栄養価自動測定器「カロリーアンサー」の、第一号全国販売代理店資格を取得。

1台3.5百万~1千万円の超高額器機のネット販売開始、全国の大手食品製造業、大手スーパーマーケット、有名大学食品科学部、公立食品研究機関、大手外食産業、中食製造企業に販売、現在総販売台数は380台を突破しました。
消費者庁通達2016年6月発効、2021年4月1日全加工食品の栄養表示義務化開始の追い風を受けて順風満帆、この分野はライバルが少数でほぼ独占状態。
【幸運!!直接薫陶を受けた高名な実業家諸氏】
多田勝美(大東建託株式会社の創業者・伝説の急成長優良企業)
ウィキペディア:多田勝美
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E7%94%B0%E5%8B%9D%E7%BE%8E
愛知の名門ゼネコン出身の大東建託創業者
http://www.juseikatsu-digital.com/column/?id=1568597369-941651&ca=11

9年間在籍した会社の社長。業績第一主義の経営者。営業実績により待遇は天国と地獄ほどの違いあり。僅か9年の勤務で理想の新築注文住宅を取得。
年齢が二つ上の兄貴分、褒美のハワイ旅行では肩書抜きのただの男同士。素でゴルフや飲食を共に、高級クラブを貸し切り桁外れの豪遊した経験あり。
入社時年商500億円~退社時は6000億円企業に。奇跡的なメガ級成長会社の一部始終を体験。朝令暮改は日常茶飯事、選択と決断のスピード感を学ぶ。
斎藤一人(銀座まるかん創業者・生涯納税額日本一)
斎藤一人の記事一覧
https://yuhobika.net/yuhobikaweb/tag/saito-hitori/
大開運の法則の記事一覧
https://yuhobika.net/yuhobikaweb/tag/hitori-san/

銀座日本漢方研究所➡銀座まるかんに改名。代理店制度開始時の全国一号専業代理店として加盟、以来24年間、路面店にネット店を融合した特化経営。斎藤一人さんは銀座まるかん(旧銀座日本漢方研究所)の創業者。東京江戸川区に居住する大富豪。メディア嫌いで取材を一切受け付けないため、世間では謎の人物?と評されているが、直接会うと、誰もが魅了される好人物。

東京品川のグランドプリンスホテル新高輪「飛天の間」で年2回開催された、話題の「まるかんパーティー」に毎回招待され出席、ほめ上手な一人さんから表彰や栄誉ある歓待を受けました。
全国の売上上位特約店オーナー数百名、所属する代理店(お弟子さんとスタッフ)を含め総勢1000名の大パーティー。一人さんと同じ最前列中央テーブルに着席、隣同士で直接会話もできました。年齢は一人さんが一つ下、普通に会話していましたが、周囲から痛いほど羨望の眼差しを受けていました。
竹田和平(竹田製菓創業者・日本一の投資家 2016年ご逝去)
【本田健×竹田和平】無限の富を呼び込む福徳の金貨(1)
https://yuhobika.net/yuhobikaweb/hondaken-wahei-fukutoku01/
【本田健×竹田和平】無限の富を呼び込む福徳の金貨(2)
https://yuhobika.net/yuhobikaweb/hondaken-wahei-fukutoku02/

ある日「竹田です、竹田和平と申します」と、ご本人より直接お電話を頂きました。少し前、大手週刊誌の取材をお受けした際、記者の方から「名古屋の竹田和平さんが事業の協力者を探しておられます。ご紹介させていただいてもよろしいですか」と打診がありました。
当時、日本一の投資家として話題の人物、是非お会いしたいと快諾しておりました。後日名古屋の竹田本社を訪問、トレードマークの作務衣姿で丁重にお出迎えいただき、重厚な応接室でご面談いただきました。それはそれはにこやかで温厚なお人柄、博識豊かで歴史に精通した好好爺という雰囲気のお方でした。
独自に製造された純金メダル「百尊家宝」の頒布、人材育成塾「まろわ講」ビジョンを、途中休憩を2~3度挟みながら、ご自身で作り込まれた手書き資料を基に、3時間以上にわたり情熱的にご説明いただきました。
その後、隣接の純金歴史博物館で「百尊家宝」原料インゴット、圧延機、刻印プレス機を見学、御本尊「守護神恵美寿 福は内」を背に記念撮影です。

拝聴した事業プランを含め、「智徳・貯徳」「旦那道」「ありがとう奉唱」など、ご本人より相対で貴重な学習をさせていただく機会に恵まれました。
肝心の訪問目的であった事業参画に付いては、ビジネススタンスの相違により残念ながら結実致しませんでした。
【好きな言葉】
何事も遅すぎることはない。
釈迦も達磨も修行中、この世のものはみんな進化の途中なり。
この世のすべては未熟であり未完成である。
良くも悪くも日々起こる出来事は、この世が完成に向かう進化の過程で起きる事象であるという。
人生とは、避けて通れない難行苦行の連続と知れてるなら、勇気をもって果敢に立ち向かい、エイヤーの掛け声で乗り越えるが得策じゃないだろうか。
夢健太郎は人生の岐路選択の際、いつもこの言葉がフツフツと沸きあがり、舵取の軸となって方向を決めてくれます。
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ご行為に心から感謝します。今後もご期待に沿えるよう精進しますので、温かく見守りよろしくお願いします。