PDCAは古くない。回し方を間違えているだけだ ─ AI時代に改めて問う「繰り返す責任」
「PDCAなんて古い」「現場のスピードに合わない」
そう言われることが増えました。
代わりにOODAだ、アジャイルだ、と新しいフレームワークが次々と登場しています。
でも、30年以上ITインフラとPMOの現場にいた私は、こう思っています。
PDCAが古いのではない。回し方を間違えているだけだ。
そして今、AIが自律的に仕事をする時代に入りつつある中で、この「回し方」の本質を理解しているかどうかが、これまで以上に問われています。
第1章 そもそもPDCAとは何か
最初に、PDCAそのものを簡単に整理しておきます。
PDCAサイクルとは、Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)の4つのプロセスを繰り返すことで、業務や品質を継続的に改善していくマネジメント手法です。
もともとは製造業の品質管理から広まった考え方ですが、IT、教育、経営、医療など、あらゆる分野で使われています。
「何かを始める前に計画し、やってみて、結果を確かめて、次に活かす」。
言葉にすれば当たり前のことです。
では、なぜこの当たり前のことが「古い」「使えない」と言われるのか。
私は、PDCAそのものに問題があるのではなく、覚え方と回し方に問題があると考えています。
第2章 「単語で覚える」から失敗が始まる
私がIT企業で受けた教育の中には、こんなものがありました。
「次の言葉の中で、Planに当たるものはどれでしょう?」
逆引きクイズのような形式で、PDCAの4文字を覚えさせる。
研修としては効率的に見えます。
でも、現場に出た瞬間に機能しにくくなる。
なぜか。
現場は流れているからです。
目の前の作業に追われている中で、
「えーと、今やっているこれはCheckだから、次はActで……」
と頭の中で変換している暇はありません。
だから「PDCAは忙しい現場に合わない」と言われてしまう。
でも、これはPDCAの問題ではなく、覚え方の問題です。
一言でいうと:PDCAを「4つの単語」として暗記した時点で、現場では機能しにくくなるのです。
第3章 OODAに変えても同じことが起きる
「PDCAは遅い。変化の激しい時代にはOODAループだ」
そう言われることがあります。
OODAは、Observe(観察)→ Orient(状況判断)→ Decide(意思決定)→ Act(行動)の4ステップで、もともと米空軍のジョン・ボイドが発展させた意思決定モデルです。
スピード感を重視し、不確実な環境での迅速な意思決定に向いているとされています。
PDCAは計画を起点に既存業務を磨き上げる改善に向いており、OODAは現場を観察して迅速に動く適応に向いている。
それぞれに得意な場面があり、どちらが優れているという話ではありません。
ただ、ここで考えてほしいのは、OODAに切り替えても、同じ覚え方をしたら同じことが起きるということです。
「観察って……あれのことだから……状況判断は……」
と考えていたら、結局PDCAのときと同じです。
流れの中で足を止めて辞書を引いている状態になる。
つまり、問題は「PDCA方式かOODA方式か」ではない。
どちらの方式を使おうが、単語帳のように覚えた時点で回らないのです。
第4章 一人で回すものではない。チームで回すものだ
では、PDCAを現場で本当に回すにはどうするか。
答えは意外とシンプルです。
一人で回そうとしない。みんなで回す。
私が現場でPDCAを回すときに重要だと感じてきたのは、チームの中で役割を分けることでした。
考える人は考える。
手を動かす人は動かす。
確かめる人は確かめる。
判断を下す人は下す。
それぞれが自分の役割を理解していて、なぜそれをやるのかをわかっていれば、名前が何であれ回るのです。
上に立つ人は、回すことをしっかり考えて確認をする。
手を動かしてくれる人がいて回してくれるのだから。
そして判断を下す人は判断を下す。
役割分担を決めて、ルールを決めて、コミュニケーションを取ればいい。
手を動かす人も、「なぜこれをするのか」を理解していれば、ちゃんと果たしてくれる。チームなのだから。
PDCAが「古い」と言われるのは、一人の頭の中で4文字を順番に思い出しながら回そうとしているからです。
でも私の30年の経験で言えば、PDCAが本当に回っていた現場は、いつもチームの中で役割として機能していました。
第5章 泥臭くて、面倒で、吐き気がするほど細かい。でも必要な仕事
私は会社員時代、「もういいよ」と言いたくなるくらいPDCAの念押しをされました。そして、自分もそれを求める側に立ちました。
正直に言えば、泥臭くて、面倒くさくて、吐き気がするほど細かい作業です。
でも、その本質を知ると、当たり前のことなんです。
安全を確保するための作業だから。
もし、あなたが作っているものを、あなた一人だけが使い、あなた一人だけがリスクを負い、他の誰にも迷惑をかけない保障があるなら、多少の省略は許されるかもしれません。
でも、そうではないのなら。
あなたが作ったものを他の誰かが使うのなら。
繰り返し回して、「どこまで大丈夫なのか」を確かめなければならない。
AIも、テストも、答えが出てきます。
白なのか黒なのか、不明、あやふや、グレー、失敗、いろいろあるけれど、答えが出てくる。
だから評価しなくてはならない。
その答えに責任を持たなくてはならない。
網羅性が必要になる。
根性論みたいで古臭いけれど、これは必要な仕事です。
PM、PMO、経営陣、開発者、製造者。
ものを作り、世に出す立場にいる人たちには、この意識を持っていてほしいのです。
第6章 SUBARUのアイサイトが教えてくれること
ここで少し、自動車の話をさせてください。
SUBARUは「2030年までに死亡交通事故ゼロ」という目標を掲げて、運転支援システム「アイサイト」を進化させ続けています。
そして、SUBARUはこうハッキリ言っています。
「アイサイトは運転支援であって、自動運転ではありません」
技術的にはもっとできることがあるかもしれない。
でも、「人間が判断の主体であること」を手放さない。
できることの限界を正直に伝えた上で、その範囲内で最高のものを作る。
SUBARUの開発体制では、エンジニアが自らセンサーや制御ソフトを作り、課題があればすぐに直す。
実車での評価、現場データの収集、改良を繰り返す。
これはまさに、PDCAそのものと言っていい開発サイクルだと私は思います。
一方で、技術の名称と利用者の期待が一致していないケースも、世の中には存在します。
「自動運転」という言葉から、多くの人は「運転を任せていい」と受け取ります。
でも実際には、ドライバーの注意が前提になっている。
技術的な定義だけでなく、利用者がどう受け取るかまで考えて言葉を設計する必要があるのです。
自分たちが発する言葉がどう届くのか。
ものを作る側が持つべき責任は、技術そのものだけではありません。
第7章 AIの時代に、なぜ改めてPDCAなのか
2026年8月、OpenAIが次世代モデル「Astra」の開発活動の一部を一時停止したことが話題になりました。
内部評価によって、AstraがOpenAIのPreparedness Frameworkにおける「Critical」レベルのサイバー能力を持つ可能性を否定できなくなったためです。
私がここで重要だと思うのは、「Astraが危険だから止めた」という単純な話ではないことです。
Astraの能力に対して、これまでの安全確認の仕組みでは十分と言い切れなくなった。
これはアイサイトの話と構造がよく似ています。
技術そのものは次の段階まで進んでいる。
しかし、「その技術を実際に世の中へ出して大丈夫か」を確認する評価基準のほうが追いついていない。
ただし、AIには自動車と決定的に違う点が一つあります。
自動車なら、JNCAPやEuro NCAPのような第三者による安全性能評価があり、別途、法令に基づく型式認証の仕組みがあります。
技術開発→試験→安全基準への適合確認→認可→販売、という流れが存在します。
AIでは、現状、各社自身による評価が大きな役割を担っています。
OpenAIやAnthropicなどは内部の安全評価フレームワークを持ち、第三者評価の重要性も認識し始めていますが、自動車の型式認証のように、モデルそのものについて世界的に共通した事前認証制度が確立しているわけではありません。
つまり今、AIの世界で起きていることは、
能力の進化に対して、安全性を評価する仕組みもまた急速に更新を迫られている
ということです。
第8章 AIエージェントに仕事を任せるなら、なおのこと
ここからが、私たちの日常の話です。
AIは今、「質問に答える道具」から「自律的に仕事を進めるエージェント」へと進化しつつあります。
調べて、考えて、実行して、検証して、修正する。
そういう仕事を丸ごと任せる方向に向かっています。
これは便利です。
でも、ここでもPDCAの考え方がそのまま当てはまります。
AIエージェントに仕事を任せるときも、役割を分けて渡すのが基本です。
「調べる役」「作る役」「確認する役」「判断する役」を明確にして、それぞれに何を、なぜやるのかを渡す。
一つのAIに「全部やって」と丸投げするのは、一人でPDCAを回そうとしているのと同じ構造です。
そして、AIが出した答えにも「グレー」は存在します。
人間のグレーは、自分の中で引き受けられます。
納得しなくても「今はこれでいい」と自分で決められる。
それは自分の人生の判断だから。
でも、機械が出すグレーは、そのまま次の処理に渡る。
人に届く。
システムに組み込まれる。
誰かの判断材料になる。
だから「グレーのまま放置していい」が成立しない。
AIエージェントでは、Checkを省略した瞬間に、誤った出力が次の処理の「前提」になってしまいます。
一度混入した誤りは、次のAI、次の処理、次の判断へと引き継がれていく。だからこそ、AI時代のPDCAでは「Check」が以前にも増して重要になるのです。
AIの出力が存在する以上、その出力を評価しなければ、評価されていないものが世の中に出る。それだけのことです。
第9章 古い中に、明日を担う大事なことが転がっている
PDCAは古い。
でも、「古いから使えない」のではなく、「古くても必要なものが、新しい技術に対してまだ適用されていない」。
新しければいい、派手であればいい、話題性があればいい。そうではないはずです。
SUBARUがアイサイトを「運転支援」と正直に名乗り続けること。
OpenAIがAstraの開発を自ら止めて安全基準を見直すこと。
どちらも、「新しさ」より「安全」を選んだ判断です。
そして、私たちが日々の仕事の中で「もういいよ」と思いながらも繰り返してきた確認作業。
私には、あれは「念押し」ではなく、「責任の範囲を確認していた」のだと思えます。
人間が主役であり、AIは最強の右腕。
だからこそ、右腕に何を任せ、何を任せないのか。
その判断を繰り返し確認し続ける力が、これからの時代にはますます必要になります。
考える人は考える。
動く人は動く。
確かめる人は確かめる。
決める人は決める。
チームで回す。
AIエージェントも、そのチームの一員として。
古くて新しいPDCA。
その本質は、きっとこれからも変わりません。
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