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儚き炎 #嫉妬祭り

翻って己自身の現況嫉妬を鑑みるに、
これはやっぱり良いとも悪いとも言えねえなあ俺の場合は、君はどうだ?

『ガストロンジャー』の歌詞を借りて

斉藤ナミさんに絡みたくて、己自身の嫉妬の記憶を無理くりに辿ってみた。基本的にあまり嫉妬の経験がなく、思い出した嫉妬は実に弱〜いものだった。

嫉妬にしろ怒りにしろ、煩悩なんて、その炎をボンボン燃やして、明日への活力にすればいいんだ。生きるチカラに変えればいいんだ。

が、私の炎は実に弱い。


幼稚園の頃は「お母ちゃんっ子」だった。
兄と私で母を挟むように寝ていたのだが、ある夜目が覚めると、母が兄の方に向いて寝ていた。
私に背中を向けていたのだ。

「いかん〜。お母ちゃんこっち向いといて〜」

ぐすぐすと、小っちゃい声でそう言って、私は母の寝巻きを引っ張った。

これが一番古い嫉妬の思い出。




次は高校生。
ずいぶんと時空が飛ぶ。

2年の時、同じ部活のエル子(仮名)と同じクラスになった。
当然一緒にいるものと思ってたのに、エル子は別の子といた。

(え、なんで?)

その頃、トッポい子らが多かったうちの高校ではブランドものが流行り出しており、エル子もその子もアンニュイな感じのそれに傾倒していた。
髪型とか、制服の中に着るベストとか。

私はといえば、きっちり学校指定のブラウス、ベストを着、私服なぞはジャスコで買っていた。
まぁ、部活部活でほぼ学校と家の往復だけだったから、私服は無くてもよかったし、ブランドものを買うお金もなかった。

部活の時は普通なのに、クラスでは実によそよそしいエル子。
そして、大して仲がいい風には見えなかったその子と、とにかく一緒にいた。
私とはお弁当も一緒に食べなかった。

学年が変わるごとに、学校全体で冊子が作られ、そこにそれぞれが書いたメッセージが載るのだが(確か中学の時もそんなんあったな)、私は、

『たぬきは笑顔で手を振りながら、モヤモヤしていた』

と書いた。
エル子への思いだ。
重い。

エル子に手紙を書いたこともある。
結局渡せずにカバンにしまったまま終わった。


うじうじとした私の嫉妬。
メラメラと燃え上がることなどなかった。
向上心や明日への活力に繋がらない、弱くて儚い炎。

それはいつも、ちろっと灯ってポトっと落ちた。


そして現在。
過去イチ嫉妬している。
noteで見つけた面白エッセイ、プロ並みの小説、なにかしらの賞を取る人々。

ぐぬぬぬぬぬー!

その炎が活力になることもある。
これは大成長だ!
が、大概は自分へのがっかりに繋がる。
そしてそのうち忘れちゃうんだ。

もっとボンボン燃やしていい。
向ける方向さえ間違えなければ、嫉妬は己を向上させる。

のかも知れないなぁ。

もっと力強い生活をこの手に!

斉藤ナミさん!
応援してます!



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