恋のお悩み相談室
「どうぞ、お掛けください」
うす紫色のパーカーを着た青年が、一礼して静かに椅子に座る。そうして、ぽつりぽつり、この数ヶ月間の胸のうちを吐き出した。
「なるほど。さよならと言った彼女の気持ちがわからない……」
青年はこくんと頷く。
「きゅうくつにすら思っていたのに、いざ自由を手に入れたらもっと淋しくなってしまわれたのですね?」
青年は小さくため息をついた。
「そういうものです。一人でいる淋しさと、誰かがいて、そして一人になる淋しさは、似ているようで全く違うと思います。それでもあなたは今、彼女が残していった、言わばムダなものに囲まれて暮らすことに、少しずつ幸せを感じ始めている……。素晴らしい!これは素晴らしいとことだと思います」
気弱そうな、ラクダにも似た青年の顔が、ブルーライトに照らされた程度に明るくなった。
「大丈夫です。あなたの気持ちは前を向き始めています。強いてアドバイスをするとすれば、まず、紅茶を。紅茶のありかを確かめましょう。そして、ゆぅ〜っくりと紅茶を飲む時間を作りましょう。そう、一人で。彼女と暮らしたその部屋で。朝、少しだけ早く起きて、そんなティータイムをもうけては如何でしょうか」
青年は、架空のティーカップを両手で包み込んだ。
「ね? じわじわと温かくなってきませんか? 柔らかな明日が感じられるでしょう?」
うす紫色のラクダは、優しい笑みを口もとに浮かべ、潤んだ瞳を真っ直ぐこちらへ向けた。
*
ウォレットチェーンをがちゃがちゃ言わせながら、まだあどけなさの残るその少年は、部屋に入るや否や斜めにどすんと腰掛けた。
そして、いっときの沈黙のあと、ぼそぼそと語り始めた。視線は斜めに落としたまま。
「あなたはとても清らかですよ。でも、なんだかわからない寂しさや、誰に対してだかわからないイライラに戸惑っているのですね?」
少年はやはり斜めを向いたまま、右手
でピアスをいじっている。
「恋をしましょう!あなたのようにきれいな恋をです!街に出て、このクレイジーな夜を、孤独なあなたのドアをknockするんです!」
少年は初めて目線をこちらへ遣り、はぁ?という顔をした。
「革命なんて考えなくていい。街へ出て、恋をして、夜を超えていけばいいんです」
少年はあっけにとられたカンガルーみたいに耳を立て、でもしっかりと体を正面に向けた。
「大丈夫です。あなたはつまらない大人になんかなりません。見せかけじゃない恋をしてみましょう!」
軽い足どりで部屋を出て行く少年。
Get happy ‼︎
*
「ああ、こんにちは。今日は何回目になりますかね? その後、如何ですか?」
彼女は、ゆるふわロングからショートボブに変わっていた。ゆっくりと腰を降ろし、言葉を選びながら、でもきっぱりとした口調で気持ちを語った。
「時の流れと空の色に何も望まないように、そのままの彼を愛していると。
彼がそこに生きているという真実だけで幸せだと……。Oh!なんということでしょう!素晴らしい。あなたは本当のしあわせを探されたのですね!誰にも出来ることではありません。あなたはもう恋に迷ったりはしていませんよ。お若いのにもうご自分の哲学をお持ちになっている。来室はもう必要ないようですね」
彼女は少しだけ照れて、また真っ直ぐに晴れ晴れとした輝きをこちらへ放った。
「今後もし人生に迷ったとしたら、別の相談室をご紹介します。旅の途中には思いもかけないことが起こるものですから。そういうものですから」
軽やかにドアが閉まり、外からスキップするようなハミングがきこえた。
*
「も、もう一度よろしいですか?」
季節外れのMosquito が舞い込んで来た。彼は深呼吸をして、もう一度、さっきよりは気持ち声を張って話し始めた。
「そうですか。想う女性に言葉が届かない……。言葉は雪ですから。
そう、雪の結晶のように大抵は溶けていって消えてしまう。それでもあなたは熱苦しいほどの愛を持ってらっしゃる。
救いたい。救われたい。そうですね、言葉は、そして愛はどちらかだけのものではないですものね。その方のために向けられた想いは、そのまま自分を救うことにもなる。至極真っ当だと思います。あなたは本当に言葉を大切にしてらっしゃる。人の悲しみになんて誰もたやすく触ることはできない。でも伝わります。言葉以上のものがきっと伝わります」
やさしいMosquitoは女性性を湛えた強い男の目でこちらを見つめる。
「待ちましょう。時間をかけましょう。
重ねて重ねて重ねて……」
*
Mosquitoが部屋を出たあと、背もたれに体を預け「うーん」と両手を伸ばした。ギギギとチェアーが軋む。
相談室を開いて12年。独身。恋人は去った。
身を起こし、部屋に備えられた小さなキッチンに向かった。黒いティファールに蛇口からそのまま水を入れ、スイッチを下ろす。キッチン脇のガラス戸を少し開け、ごそごそ探す。
「あれ? 紅茶どこだっけ」
*
世間にはラブソングが溢れ過ぎている。くそったれの世界だ。
やさしくて白々しい、くそったれの。
【参考文献】
槇原敬之『もう恋なんてしない』
佐野元春『ガラスのジェネレーション』
椎名林檎『幸福論』
エレファントカシマシ『旅の途中』
カヒミ・カリィ『ハミングがきこえる』
Official髭男dism『Subtitle』
The Birthday『くそったれの世界』
