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恋のお悩み相談室

「どうぞ、お掛けください」

うす紫色のパーカーを着た青年が、一礼して静かに椅子に座る。そうして、ぽつりぽつり、この数ヶ月間の胸のうちを吐き出した。

「なるほど。さよならと言った彼女の気持ちがわからない……」

青年はこくんと頷く。

「きゅうくつにすら思っていたのに、いざ自由を手に入れたらもっと淋しくなってしまわれたのですね?」

青年は小さくため息をついた。

「そういうものです。一人でいる淋しさと、誰かがいて、そして一人になる淋しさは、似ているようで全く違うと思います。それでもあなたは今、彼女が残していった、言わばムダなものに囲まれて暮らすことに、少しずつ幸せを感じ始めている……。素晴らしい!これは素晴らしいとことだと思います」

気弱そうな、ラクダにも似た青年の顔が、ブルーライトに照らされた程度に明るくなった。

「大丈夫です。あなたの気持ちは前を向き始めています。強いてアドバイスをするとすれば、まず、紅茶を。紅茶のありかを確かめましょう。そして、ゆぅ〜っくりと紅茶を飲む時間を作りましょう。そう、一人で。彼女と暮らしたその部屋で。朝、少しだけ早く起きて、そんなティータイムをもうけては如何でしょうか」

青年は、架空のティーカップを両手で包み込んだ。

「ね?  じわじわと温かくなってきませんか?  柔らかな明日あしたが感じられるでしょう?」

うす紫色のラクダは、優しい笑みを口もとに浮かべ、潤んだ瞳を真っ直ぐこちらへ向けた。

ウォレットチェーンをがちゃがちゃ言わせながら、まだあどけなさの残るその少年は、部屋に入るや否や斜めにどすんと腰掛けた。
そして、いっときの沈黙のあと、ぼそぼそと語り始めた。視線は斜めに落としたまま。

「あなたはとても清らかですよ。でも、なんだかわからない寂しさや、誰に対してだかわからないイライラに戸惑っているのですね?」

少年はやはり斜めを向いたまま、右手
でピアスをいじっている。

「恋をしましょう!あなたのようにきれいな恋をです!街に出て、このクレイジーな夜を、孤独なあなたのドアをknockするんです!」

少年は初めて目線をこちらへ遣り、はぁ?という顔をした。

「革命なんて考えなくていい。街へ出て、恋をして、夜を超えていけばいいんです」

少年はあっけにとられたカンガルーみたいに耳を立て、でもしっかりと体を正面に向けた。

「大丈夫です。あなたはつまらない大人になんかなりません。見せかけじゃない恋をしてみましょう!」

軽い足どりで部屋を出て行く少年。
Get happy ‼︎

「ああ、こんにちは。今日は何回目になりますかね? その後、如何ですか?」

彼女は、ゆるふわロングからショートボブに変わっていた。ゆっくりと腰を降ろし、言葉を選びながら、でもきっぱりとした口調で気持ちを語った。

「時の流れと空の色に何も望まないように、そのままの彼を愛していると。
彼がそこに生きているという真実だけで幸せだと……。Oh!なんということでしょう!素晴らしい。あなたは本当のしあわせを探されたのですね!誰にも出来ることではありません。あなたはもう恋に迷ったりはしていませんよ。お若いのにもうご自分の哲学をお持ちになっている。来室はもう必要ないようですね」

彼女は少しだけ照れて、また真っ直ぐに晴れ晴れとした輝きをこちらへ放った。

「今後もし人生に迷ったとしたら、別の相談室をご紹介します。旅の途中には思いもかけないことが起こるものですから。そういうものですから」

軽やかにドアが閉まり、外からスキップするようなハミングがきこえた。

「も、もう一度よろしいですか?」

季節外れのMosquito が舞い込んで来た。彼は深呼吸をして、もう一度、さっきよりは気持ち声を張って話し始めた。

「そうですか。想う女性ひとに言葉が届かない……。言葉は雪ですから。
そう、雪の結晶のように大抵は溶けていって消えてしまう。それでもあなたは熱苦しいほどの愛を持ってらっしゃる。
救いたい。救われたい。そうですね、言葉は、そして愛はどちらかだけのものではないですものね。その方のために向けられた想いは、そのまま自分を救うことにもなる。至極真っ当だと思います。あなたは本当に言葉を大切にしてらっしゃる。人の悲しみになんて誰もたやすく触ることはできない。でも伝わります。言葉以上のものがきっと伝わります」

やさしいMosquitoは女性性を湛えた強い男の目でこちらを見つめる。

「待ちましょう。時間をかけましょう。
重ねて重ねて重ねて……」

Mosquitoが部屋を出たあと、背もたれに体を預け「うーん」と両手を伸ばした。ギギギとチェアーが軋む。

相談室を開いて12年。独身。恋人は去った。

身を起こし、部屋に備えられた小さなキッチンに向かった。黒いティファールに蛇口からそのまま水を入れ、スイッチを下ろす。キッチン脇のガラス戸を少し開け、ごそごそ探す。

「あれ? 紅茶どこだっけ」

世間にはラブソングが溢れ過ぎている。くそったれの世界だ。
やさしくて白々しい、くそったれの。


【参考文献】
槇原敬之『もう恋なんてしない』
佐野元春『ガラスのジェネレーション』
椎名林檎『幸福論』
エレファントカシマシ『旅の途中』
カヒミ・カリィ『ハミングがきこえる』
Official髭男dism『Subtitle』
The Birthday『くそったれの世界』

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