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最終話 くろんぼ、が来る【note創作大賞2024】

 実話怪談はいろんな人に話した方がいいと言われている。いろんな人のものになった方がいい。自分だけ持っていると危ない。そういう理論があるらしい。

 と言うことで霊感がある従姉妹のみっちゃんのお母さんの話をしようと思う。みっちゃんは従姉妹のお母さんだ。霊感があってみえる人。私の家に『害のない男の霊がいる』と言った人。

 みっちゃんのお母さんは今年の五月五日に亡くなった。九十二歳の大往生だったらしい。だが、みっちゃんのお母さんも視える人だったのか不思議な言動をよくしていた。

「くろんぼ、が来る」

 繰り返しそう言っては夜中に徘徊することが増えたらしい。それに対してみっちゃんは困っていた。よく、徘徊している老人がわけもわからず踏切内に侵入してしまい、そのまま電車に轢かれて電車を遅延させた賠償金を家族が払うニュースがある。

「悩んだんだけどね。家のドアに鍵をかけたんよ」

 みっちゃんは小さくため息をつく。

「そしたらさ、窓を開けて『助けてー! 殺されるー!! って叫び出しちゃって……警察が出動することになっちゃって……」

 みっちゃんは顔を伏せて頭を抱えた。

「別に一生閉じ込めるわけじゃないんよ。毎日、昼間は会いに行っていたし、夜の徘徊が怖くて外から鍵をかけただけ……」

 みっちゃんは小さくため息をつく。そのため息から苦労が滲み出ているような気がした。

『くろんぼ』

 踏み外しそうな細い階段。その先を上れば、二畳ぐらいのスペースがあった。しゃがんでいても頭がつきそうな天井の高さ。下を見下ろすと、高さは結構あった。

 ガリガリガリガリ、と誰かが爪を立てる音が聞こえてくる。その音は風呂場から聞こえた。風呂場に行くとギィィィィ、と歯を食いしばるような、ロープが軋むような音がした。風呂場にはロープはないし、扉にも手をかけていない。音を出した本人は自分の存在をアピールできたことに満足したのか、特にそれから音がなるようなことはなかった。

 そして、二階には誰もいないのに、誰かがずっと足を踏みしめて歩いている音が聞こえてくる。板を一枚挟んでいるようなこもったような音に聞こえるので、この部屋で鳴っているのかもしれない。

 ふと、気配がしたので仏壇を見る。仏壇の扉は少しだけ開いていた。そして、その音は風呂場で聞いた音と合致する。ギィィィィの音は仏壇の扉が開いた音だった。

 壁にかけていたハンガーが揺れる。天井から聞こえてくる足音が腹を立てた子どものように乱暴になっていた。不可解な音とこの部屋の気配がすごかった。

 みっちゃんのお母さんはこの家で亡くなった。

 みっちゃんはいつものように鍵を開けに来たらしい。家に入るとベッドで亡くなっていた。

 みっちゃんからその話を聞いてから、一週間経っても、私は『くろんぼ』のことを忘れられずにいた。仕事をしていても、食事をしていても、頭の片隅に『くろんぼ』の存在がいる。

 スマホで『くろんぼ』を検索して、他にも言っている人がいないか探したりしたが、なにもでてこなかった。

 ふと額から汗が流れる。暑さのせいではない。頭の中にいろいろな考えが交錯している。視界の隅で黒い影が見えたような気がした。

「まずい、リンクしてしまった」

 『いそうな気がする』時は見えてないだけでおるんですよ。特に家におる時ってすごくわかりやすくて、自分の部屋にいる時にリビングから物音がした。だから、リビングに誰かいそうな気がする。じいちゃん家から帰ってきたんかな、と。リビングの扉を開けた。開けてみると誰もいない。誰もおらへんかった、気のせいかなって思ってるけどいるんですよ。

「霊感ゼロでもわかるんですよ。みんなと一緒にいてるんですよ」

 動画で見た言葉を思い出す。冷や汗が止まらない。部屋の中が湿気っぽく感じて、換気のために部屋の窓を開けるが閉めるとまた湿気ぽくなる。この現象に繰り返し悩まされていた。そして、いつのまにか充満している腐った魚のような変な生臭さにも悩まされている。

 自分の部屋にいると自分一人しかいないはずなのに誰かが部屋の中にいる。特に酷かったのが寝る前だった。ベッドの横に立っている。それが目を瞑っていてもわかってしまうのが嫌だった。朝になるまでずっと視線を感じている。それが気になってしまい、毎日二、三時間睡眠になってしまい仕事にも支障をきたした。

 黒いオーラというか、塊を感じる。一人でいる時間はなかった。

 次第に、身体が重たくなり家全体に湿気が広がりつつなってきたところで自分が持っているエネルギーを「くろんぼ」に食べられてしまったのか夏風邪をひいてしまった。声が枯れてしまうほど咳き込んでしまい、まともに話せない状態で仕事も盆休みを含めて13日間休んだ。

 寝なくちゃいけないと頭ではわかっているのに、せっかく家にいるんだからと創作したくなる葛藤にも悩まされつつ、結局は寝ようとすると咳き込んでしまい眠れなかった。咳き込むせいで息もしにくい。そういう霊障的なものとかを感じる時は、決まって精神や身体が弱っている時だった。

「好奇心で、みっちゃんのプライベートな話を聞かんかったらよかったなぁ~」

 後悔しつつもこうして執筆をしている。自分の体調が悪ければ自業自得なのだが、母にも悪影響が出始めていた。それは心霊番組をやっていた時のこと。特に他の見る番組もないので、リビングで両親と一緒に心霊番組を見ていた。

「これは嘘やろ。あれはYouTubeで見たことある。えらいCM多いな。あ、ここ。事故物件で貸し出すところで有名な場所やん」

 そんな感想を言いながら話していると、なぜか母は頭を抱えている。

「どうしたん?」

 心配になり声をかけた。

「頭が痛い」

 ガチでやばい場所と言われている物件を見ていると母は苦しそうになった。そして、心なしか顔が青くて目が黒い。目に生気が宿っていなかった。ふと、くろんぼの話を思い出す。その物件が終わると母は「頭が痛いのがなくなった」と言う。明らかに母もなかったはずの霊感がこの家にいることで強まったのかもしれないと思った。

 怖い話を聞くことがあっても、こんな状態になるのは初めてだった。怖い番組を見ても霊障をもらうことはなかった。私の家は知らず知らずのうちにエネルギーを少しずつ消費してしまったらしい。体感してそのつらさがわかってしまった。日々、積み重なっていくつらさに耐えきることができなかった。小説を読むことで得た感情移入していく強さが私と母の仇となった。父はマンガや小説を読まない人なので何も感じたことがなさそうだった。

 数日経っても状況は変わらなかった。気持ちは前向きなのに仕事や創作も何もかもうまくできずはかどらない。八方塞がりだった。出したい公募の締め切りが迫ってきているのに何もできず錯乱するようになってしまった。錯乱しているとさらに身体と心のバランスが取れなくなる。状況は悪化していくばかり。だんだん自分が現実世界にいるようでいないような感覚に陥った。

 そして、私はよく部屋のあちこちに蜘蛛やカメムシと遭遇することが増えた。自分の部屋から出た目の前に蜘蛛がとことこと歩いている。家の中で蜘蛛やカメムシなどの悪虫を見つけるのは、いつも決まって私だった。

 カメムシに衝突されたこともある。すぐさまカメムシだと思い手で取り払おうとすれば青臭い臭いがして、手にカメムシが触れて臭いが手についたと思ったのだが、違った。家に帰り、うなじに何かが動くようなゾワリとした感触がした。

 ブーン……。

 カメムシが私のうなじから飛び立った。飛んで行ったカメムシは父に追い出してもらい、私はお風呂場へ。危なかった、カメムシが飛び立たなかったら危うく私はカメムシと一緒にお風呂に入るところだった。

 それと朝、靴下を履こうと右足を入れた瞬間、足の裏にモゾリと何かが動くような感触。嫌な予感がしてすぐさま靴下を脱いで靴下を逆さまにして振った。コロン、と床に転がった石みたいなもの。よくよく見るとカメムシがひっくり返っていた。

「きゃぁああああ!!!」

 まさか、カメムシが3日間前に取り入れた靴下の中にいるとは思わなかった。死んでいると思い、カメムシをティッシュで拾いあげようとすればブーンと部屋のどこかに飛び立ってしまった。

「時間ないし、諦めよ。男の霊さん、カメムシ追い出しといて」

 私は窓とドアを開けて部屋にいる男の霊に駆除を任せた。1週間後にカメムシと再会して自撮り棒の先に養生テープをつけて袋に入れてゴミ箱に捨てた。こんなにも災難な目にあったというのに、不幸は終わらない。

 私はYouTubeに動画投稿をしている。自分の部屋で撮影をしていて声が入ったら嫌だから、隣の部屋で撮影をしていた。その動画の編集をしている時に「うるさい」と自分の声でもなく両親でもない女性の声が入っていた。上の階には人はおらず、下の階には老夫婦が住んでいる。気持ち悪くてその動画は消した。その部屋は玄関にある姿見が向いている部屋だった。元々、父の部屋で物置になり弟の部屋になっている。弟は家を出て関東で一人暮らしをしているので無人だ。もしかしたら、弟は女性の声に気づいて一人暮らしを希望したのではないか、と思うぐらいだ。

 そうだ、たまに弟の部屋に掃除をしに行くが排水溝に長い黒髪が出てきたことがあった。そして、たまにシャワーのお湯が水になったり、電気が消えることも。もしかしたら、女性の霊は弟についていったのかもしれない。今、弟の部屋は人が変わったようにゴミ屋敷になっている。ゴミ捨て場のような悪臭が蔓延しているはずなのに弟が平気で寝起きしていたことには家族一同驚いた。

 その後、パソコンを消して仮眠をとろうとした。疲れているんだ。寝たら何もかもよくなる。そう信じて寝たはずのなのに寝苦しくて目が覚めた。部屋中に赤ちゃんの泣く声がする。頭痛がして眠れなくなり、起き上がろうとするけれどもできなかった。寝汗をぐっしょりかいて起きた時には疲れが取れるところか、倍増してしまった。

 間違いなくこの部屋に男の霊だけじゃないものが集まっていた。
 
 そして、不思議と両親はトイレに反射するものを置くようになった。父は洗面台でヒゲを剃ればいいもののトイレで髭剃りをする。トイレには鏡がないので小さな鏡を置くようになった。ただでさえ、鏡がトイレにあるのが嫌なのに母は中心が反射している小型扇風機を買ってきた。

 廊下にはクーラーがない。だから、夏は暑い。前まで後ろにある台に大きな扇風機を置いていたが、やめてしまった。

「なんで、こんな反射する扇風機を買ったの?」

 魚眼カメラのように反射する扇風機なんか、トイレにいらない。

「レトロちっくでかわいかったから」

 たしかに小型扇風機には小さな銀色のレバーがある。そこも反射をしていて気持ち悪いし、トイレが落ち着かない場所へと変わってしまった。くろんぼの話を聞いてから家の中が何者かに変えられている感覚があった。

 誰かに家の中を変えられる感覚が気持ち悪くて、私は先手を打つことにした。

「断捨離しよ」

 幼稚園の時に引っ越してから一度も引っ越したことがない。だから、物が多い。物が多いからよくないものも溜まっている。半ばヤケクソだった。何かをしないとこの状況は変えられないとわかっていたからこそ、過去に執着していた物を手放した。

 そのなかにくろんぼが惹きつけていたものがあったのかもしれないし、興味を失くしてどこかに行ったのかもしれない。ともかく、私はもうくろんぼの話を聞きたくない。もうあんな思いをするのは嫌だった。自分の生活のリズムを完全に取り戻すまで心霊動画も極力見ないようにした。

「あーもうどっかにいってくれ! 私の人生は短いんだ!」

 だんだんまとわりつくダルさとも扱い慣れてきて対処法もわかってきた。眠れるようになり、自分のリズムが戻ってきた。そうしているうちに、勝手に消えた。ここにいるようでいないような感覚もなくなり、自分の感覚に戻ってくる。なんて居心地がいいんだろう、と思った。

 結局、くろんぼの正体はわからなかった。だが、目をつむっても黒い影や物体、オーラは見えなくなった。だから、今これを書いている。当時の私を思い出すように書いている。さっきまで激しく鳴いていたアブラゼミがピタリと鳴くのをやめてしまった。部屋がまた静寂に戻る。

「私の部屋に住んでいる男の人、ありがとう」

 名前も顔もわからない男の人。知らないほうが幸せなのかな、とか思ったり。

 霊は記憶の存在。つまり覚えていない状態には戻れない。つまり彼らは常に酔った状態を思い返し、生前からそんな自分を具体化できるほどに泥酔状態に恋い焦がれていた。

 じゃあ、家にいる幽霊はなんでここにいるんだろう。

 そう、天井に話しかけても返事はない。ラップ音もしない。静寂なままだ。

 マンションが建つ前にどんな場所だったのか気になり、昔の地図を調べた。マンションが建つ前のここは、とある会社の社宅。そういえば、小さい頃にポルターガイストが頻繁に起こるマンションがあったって心霊番組でやっていたっけ……。

――カタン。

 あ、音がした。なにかを動かす音でもない。バネが跳ねるような音。

 霊感は開いていない感覚のようなもの。全員が持ち合わせているが、ほとんどの人間が認知せずに死ぬ。なぜなら、生に対して真逆な立ち位置に存在するものだから。

「私に危害を加えてくる霊がいたら追い出してよね。私の部屋にいるんだから」

 この言葉も男の霊に届いているのかもわからない。なぜなら、私はくろんぼがいなくなったことで元気になってしまったから霊の気配も感じない。ただわかるのは私の部屋には男の霊が住んでいることだけ。

おわり

#ホラー小説部門
#創作大賞2024


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