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第四話 建て直した廃旅館【note創作大賞2024】

 私はよく家族旅行に行く。父と母と弟と私の四人で行くのだが、格安のホテルに泊まることが多い。東北のとある旅館に泊まった時の話をしたいと思う。

 その旅館は一度廃旅館になり、旅館経営をしている大手グループが買収して建て直したという旅館だ。建て直したと言っても、ロビーや温泉は綺麗だが所々は昔のまま残っている。周りも似たような建物が多く、昔は温泉街で賑わっていたはずなのに時が止まったように静かだった。

 車で訪れた雰囲気は潰れたレストラン街、寂れた家、そんな街並みだった。私たちがここに来た目的は観光と温泉。旅館は安く泊まれたらいい、という感じだった。

 車を駐車場に停めて旅館に入る。中に入れば古い施設特有の湿気た臭いがした。昔は豪華だったであろう絨毯は色褪せてしまっている。照明はやわらかい暖色灯、光が射すようなLEDではない。

 簡易的な浴衣やはっぴに身を包んだ従業員がニコニコと笑顔で案内をしてくれた。

 母がチェックインをしている間、私と父と弟はキャリーケースとボストンバッグを置いてソファーに座っていた。父と弟はスマホを見て時間を潰し、私は遠くに見えるお土産やさんを見ていた。どんなお土産を買おうかな、とポスターを見ていると母が戻ってきた。

 母のチェックインが終わり、ルームキーを渡される。よくあるプラスチックの長方形に部屋番号が書いてあり、鎖で鍵が繋がれていた。部屋番号は404号室だった。

 きっと、部屋は和室と洋室の半々で昔ながらの部屋なんだろう。だが、予想と反して部屋は気持ち悪いぐらいに綺麗だった。見た目は古びた旅館なのに、部屋だけは洋室のフローリング。そこだけ異空間のような感じがした。

「なんか、変だね」

 いつもなら姿見や水回りを見て気持ち悪い、と思うのだが違和感を感じていた。綺麗なことは嬉しいのだが、あまりにも綺麗すぎて気味が悪かった。

「そうかなぁ? お風呂入って夕飯食べに行こうよ」

 母の旅行スケジュールはいつもハードだ。いつも時間が足りない。部屋に違和感を感じつつも、私は温泉に行く準備をして部屋を出た。

 エレベーターに乗って、温泉がある一階に移動する。脱衣所は綺麗に作り替えられていた。そこでは何も違和感を感じることなく、旅で疲れた身体を温泉で癒やしていた。温泉はさほど人は多くなく、のんびりできる。

「もうそろそろ上がろうか」

 数十分後、母に言われて私は温泉を出た。身体もあたたかくなり、さっぱりした状態。とても気持ちがよく、先ほど感じていた部屋の不気味さをすっかり忘れていた。

「温泉、気持ち良かったね~」

 私と母は部屋に戻り、ドアを開ける。そこにはもう父と弟が部屋に戻っていた。四角い机ノ上に置かれたお菓子を食べている。お土産やさんに売っているお菓子だ。チェックインをする母を待つ間に、お土産やさんに貼ってあるポスターで見た。

「これ、おいしいから買って帰ろうぜ」

 弟は私のお菓子まで食べようとしたので、慌てて取り上げる。

「これは私の!」

 私はお菓子の袋を開けて、中身を食べる。よくある饅頭風味のお菓子だった。

 夕飯の時間になり、私たちは部屋を出た。エレベーターに乗ろうとしたのだが、夕飯を利用する同じ時間帯の人たちが利用しており、エレベーターのドアが開いても満員でエレベーターに乗ることはできなかった。この建物は七階建てで上には利用客がいる。

「四階だし、階段で下りようか」

 母が言い出し、私たちは階段で一階まで下りることにした。廊下の一番端にある非常階段まで行き、重たく古びた防火扉を開ける。非常階段は白い蛍光灯で照らされていた。ひんやりとした空気で湯冷めしてしまいそうだった。

 階段を下りていれば、パタパタ、と履いているスリッパの音が反響して聞こえてくる。踊り場まで下りたところで三階の客室が見えた。

「ここにも部屋あるんだね、そりゃエレベーターが乗れないわけだ」

 私はどんな造りになっているのか気になり覗き込んだ。なぜか、三階の防火扉は開いたままだった。

「ヒッ……」

 三階のフロアは何も手をつけられていない場所だった。昔ながらの木の扉に丸のドアノブ。誰も利用をしていないのか、電気がついていなかった。階段の踊り場からの光で内部が見えるが、三階のフロアに足を踏み入れたくないほど闇に引きずり込まれそうな恐怖を感じた。

 ひゅう、と風が抜ける音がした。部屋数は多く、入り組んだ構造になっていた。互いに向かい合うようにドアが並んでいる。今にもどこかのドアが開いて誰かが出てきそうな雰囲気だった。

「はよ、行こうよ」

 母は気味悪がって私の腕を引く。不気味さと相まって冷や汗が止まらない。たしかにこの旅館は山の斜面に建てられていた。正確な大きさはわからないが、かなり広いことだけはわかる。今まで、このフロアの存在に気づかなかったからだ。

「ごちそうさまでした」

 夕飯を食べ終わっても、私はまだ三階のフロアの存在に引き摺られていた。妙に気になってしまう。思い返してみれば、壁は古びたまま何もされていない。何か家具をぶつけた痕なのか黒い引っかき傷も当時のままに思えた。

 両親はもう少しゆっくりしたいらしく、私と弟は先に部屋へ戻ることにした。404号室のルームキーをもらい、席を立つ。エレベーターは変わらず混んでいて、行きと同じく非常階段を使うことにした。

 パタパタ、とスリッパの音を反響させつつ四階まで階段を上っていく。踊り場でまた三階のフロアの前で立ち止まった。

「なぁ、やっくん。三階のフロアに行ってみようよ」

 私は三階のフロアを指さした。やはり気になってしまう。四階のフロアの造りとは違うからだ。

「嫌だね、一人で行ってこいよ」

「一瞬だけやから!」

 私は嫌がる弟を誘い、三階のフロアに行くことにした。絨毯に足を踏み入れたら、いろんな人に踏みつくされたのか固くぺっちゃんこだった。このまま行けば、部屋の中は見えていないが畳が腐っていそうな感じがした。

 三階のフロアに入ってわかる残された痕跡。先ほどから感じていた妙な違和感はまだ続いていた。不自然に塞がれていた窓。それが暗さを増長しているように思えた。きっと、増改築を繰り返した証拠だ。

 半分まで進んだところで、部屋のドアを開けられるか気になってしまった。

「壊すからやめとけって」

 弟は嫌そうに顔を歪ませる。そう言えば、今となっては弟に霊感はないらしいがよく誰もいない空間を見つめて『キツネさんバイバイ』と言っていたっけ。

「見た感じ結構丈夫だからいけるよ」

 私は恐る恐る丸いドアノブを握ってみる。捻って引っ張ってみるが、鍵がかかっていて開くことはできなかった。

「開かないや」

 残念と、ドアノブから手を離して弟を見た。弟は私の背後を見ているような目線だった。

「もう、行こうや。ここ気味悪くて嫌や」

 弟が本気で嫌がりだしたので私は戻ろうとした。さすがに一人で動き回る勇気はない。弟と一緒に非常階段まで歩き出したところで

――キイ。

 どこかで扉が開いた音がした。

 すぐさま、私と弟は音がした方向に振り返りました。扉が開いたのは、私たちが立っている場所から斜め奥にある部屋です。

 私は嫌がる弟の腕を組みつつ、ひとりでに開いたドアまで近づきます。部屋の中を恐る恐る覗いてみると、レトロなテレビや電話、綺麗な洋室もそのまま残っていました。ですが、掃除をした後の痕跡はなく全体的にホコリを被ってます。

 物が全部そのまま残っている。誰かがいた形跡を見ると少し寂しく感じました。部屋を覗き込んでいれば、ふと、何かが通ったような気がします。心なしか男性の息遣いのような音も聞こえてきました。

 同時に私と弟は顔を見合わせて非常階段がある場所まで走り出します。少しでも早く三階のフロアを飛び出たかったのです。走りづらいスリッパを脱ぎ捨て非常階段を駆け上がりました。さっきまで三階のフロアは無音だったはずなのに、背後から聞こえる物音が止まりません。

「はぁ、はぁ……はぁ……」

 私はやっと弟に追いつきました。弟は陸上部に所属していることもあり、私よりも足が速い。ですが、部屋のルームキーは私が持っていたので部屋には入れなかったようでした。404号室の部屋の前でしゃがみ込むように待っています。

「今のやばかったよな……」

 弟は青ざめた顔で私を見ました。急に全速力で走ったからか、汗が止まりません。滴るように汗が流れていました。

「うん、あれはやばかった……」

 私は額から吹き出た汗を浴衣の袖で拭います。すぐに袖は汗でビチョビチョになりました。

「やから、やめとけって言ったやん。今日、泊まるんやで。あの部屋がこの下やったら最悪やん」

 弟は下を見ます。私も弟と同じように下を見ました。たしかに、弟の言う通りこの真下であれば部屋にいた『なにか』が寝ている間にこちらへ来そうでした。

「だ、大丈夫やって。何もしてへんし。見ただけやもん」

 私は頭の中で扉が開いた部屋の場所と、今いる場所を合致させようと頭の中で展開図を広げました。多分、ギリギリ大丈夫なはずです。

「呪われんのは最初に行ったねーちゃんやからな」

 弟はさっさと鍵を開けろ、と私からルームキーを取り上げました。今夜、何もないことを祈ります。 
 
 私は布団の中で起きていました。部屋が暑くて寝苦しいのです。とにかく首筋から嫌な汗が止まりません。布団を蹴飛ばしてしまいたいのですが、もし足をなにかに掴まれてしまうと想像するだけで布団を蹴ることはできませんでした。

 一説では人が集まる場所が廃墟になると霊が溜まりやすいとされています。とある幽霊ホテルでは浮遊霊の巣窟となっているそうです。

 廃墟になってしまう原因として、一番考えられる原因はバブル崩壊後の不景気が多く当てはまります。現在ある廃ホテル、廃旅館の多くは廃業になっているものが多いそうです。

 一応、部屋の豆球はついています。ですが、小さな光はどこか心細い。ナーバスな気持ちに陥ってきたところで、誰かの足音がしました。

 大丈夫、誰かが外の空気を吸いに行ったのだろう。

 そう思ったら、バタリ、とどこかの部屋の扉が閉まる音がしました。頭の中では弟と行った三階のフロアのことを思い出してしまいます。

――レトロなテレビや電話、綺麗な洋室。掃除をした後の痕跡はなく全体的にホコリを被っている。

ーー物が全部そのまま残っていた。誰かがいた形跡を見ると少し寂しく感じたこと。部屋を覗き込んでいれば、ふと、何かが通ったような気がしたこと。心なしか男性の息遣いのような音も聞こえてきたこと。

 変に記憶が蘇ってしまい、私はもしかしたら、三階のフロアかもしれないと考えてしまいました。目を開けたらやばい、と力強くまぶたを閉じます。

「あれ?」

 夢なのかわかりませんが、私は自分の姿を俯瞰した状態で見ていました。

 頭の中では『目を開けないで』と自分の声が叫び続けています。

 私は寝転がっている自分の姿ではなく、空中に浮いていました。あ、これは夢だなと妙に冷静になっています。

「あ」

 寝ている私の前で小学校低学年の女の子が立っていました。何かをするわけでもなく、ジッと寝ている私を見つめています。俯瞰している私は女の子にバレないように息を潜めて浮かんでいました。

 一方で寝ている私は苦しみながら寝ています。俯瞰している私は起きないでと心の中でひたすら願っていました。

 何時間対峙していたのかはわかりません。時計が見えない状況の中、寝ている私と女の子と俯瞰している私は同じ空間にいました。

 先に動いたのは女の子でした。ゆっくりと、俯瞰している私の方に振り向こうと動き出します。

 私は逃げたいのに寝ている私がそこにいるからか、動くことができませんでした。今いる場所が最大限動ける場所で、これ以上動くことは不可能ではないか、そう気づいてしまいます。

 ああ、やばい。やばい。やばい。

 ギギギ、と聞こえてきそうな首の周り具合。不自然な動きに冷や汗が止まりません。ドクドク、と早く心臓が動き出し口から飛び出てきそうでした。

――バチン、と目が合った瞬間

 ゾクリ、と背中が震え、肩に重みがのしかかります。少女の顔は真っ黒で見えませんでした。それでも猫のような大きくギョロギョロした目で私を見ます。夢のはずなのに汗が止まりませんでした。

 気づけば私は意識を失っていました。

 両親が閉めていたカーテンを開けて、朝日が差し込みます。目に光りが当たることをこんなに嬉しいと思ったことはありません。

「おはよう」

 部屋の中に差し込む光は優しく、暖かかったです。

「ほら、はやく準備しなさい。朝食の時間遅れちゃうじゃない」

 母が早く動けと促します。私は布団から出て立ち上がろうとしました。首筋から汗が垂れ落ち、着ていた旅館の浴衣は汗でびっしょりと濡れています。一日中、起きていた感覚が拭えず疲れは一切取れていませんでした。

「ねぇ、やっくん。夜中なんかあった?」

 向かいに座る弟に聞いてみましたが「なにも」しか答えてくれません。きっと、なにも起きなかったのでしょう。

 バイキング形式の朝食中、片手間にスマホでホテル名を調べましたが何もでてきませんでした。元々、旅館に棲みついた座敷わらしか、それとも……。

#創作大賞2024
#ホラー小説部門

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