離職率では、人の本音は見えない。
エンゲージメントが高ければ社員は定着し、反対に低ければ離職につながるのでしょうか。複数の組織でエンゲージメントサーベイの導入や検証をしていたことがありましたが、私は人事の人間として、エンゲージメントが高いことは良いことだと思っていました。しかし、様々な経験から違和感を持つようになりました。
エンゲージメントサーベイは、主に「会社への信頼・愛着」「仕事への熱意」「周囲との関係性」について調査を行い、従業員が会社や組織、あるいは自身の仕事に対してどれだけ「愛着」や「自発的な貢献意欲」を持っているかを測定・可視化するための調査(アンケート)を指します。会社員の方であれば、毎月、もしくは半年から1年に1回程度、メールで送られてくるアンケートに回答した経験があるのではないでしょうか。
主に人事が主導で行うことが多いエンゲージメントサーベイですが、このスコアが高ければ、「良い会社である」「やりがいのある仕事ができている」という指標になるため、人事や経営にとってはスコアを伸ばすことが目標になっています。
人事として複数の会社でエンゲージメントサーベイに関与してきましたが、その結果から見えてくるものは、単純なものではありませんでした。
サーベイで見えたのは「不満」よりも「諦め」だった
エンゲージメントサーベイを導入し、結果が低調だった時、その中身をみると率直に意見を書いてくれる人もいました。その意見の中には、切実な内容が多く、匿名でなければ言えないような内容もありました。しかし多くの意見は、当たり障りのない回答でした。そこで私が感じたのは、切実な不満よりも「言っても変わらない」という意見が大多数であり、空気は変わらないという諦めの気持ちを持っている人が意外に多いのではないかということでした。辛辣な意見を言う人は怒っているだけ、まだ変革を期待をしていると言えますが、諦めて無関心という状態のほうが、本当は怖いのではないかと考えています。
私は長い間、エンゲージメントを「辞めないこと」だと思っていました。しかし辞めない理由を見ていくうちに、そもそもエンゲージメントの定義自体を見直す必要があるのではないかと思うようになりました。
問い①:無関心は怠慢なのか
サーベイの自由記述には、厳しい意見も並んでいました。しかし私が気になったのは、その反対でした。「特にありません」「現状維持で問題ありません」そんなコメントです。最初は前向きな回答だと思っていました。しかし読み返すうちに、別の可能性が頭をよぎりました。これは満足ではなく、諦めなのではないか、と。
当時の私は、無関心な状態の人はやる気がない社員なのかなと思っていました。しかし、当たり障りのない意見をサーベイに書くような「一見無関心そうに見える人」は、別にやる気がない仕事ぶりではありませんでした。むしろ淡々と職務をこなし続けていたのです。
会社への期待が膨らむと、不満が改善しなかった時に傷つくし、報われないと知りながら仕事を頑張ると疲れます。つまり変わらない現実を見ることが苦しいので、無関心になるのでしょう。「一見無関心そうに見える人」はやる気がないのではなく、自分を守るために防御反応をしているだけなのかもしれない、あるいは、期待することをやめただけなのかもしれない、と考えるようになりました。
問い②:定着とエンゲージメントは同じなのか
別の組織では、不満を口にしながらも長く働き続ける人たちを見ました。当時の私は、それを「定着している(良いことだ)」と思っていました。しかし今振り返ると、そこには定着という言葉だけでは説明できない、複雑な事情があったように思います。
無関心な人や、会社への不満を抱えながら辞めない社員は、確かに組織を離れずに定着はしています。しかしそれは会社への愛着(エンゲージメント)ではなく、彼らがその環境で生き残るための「合理的な選択」だったのかもしれません。生活のためかもしれないし、転職への不安があったのかもしれない、あるいは、その時の彼らにとって「ここに留まること」が最善の選択だっただけかもしれないのです。
つまり、離職率の低さだけでは、組織の実態は何も分かりません。同じ「残る」という行動でも、会社が好きだから残る人もいれば、家族を養うために残る人もいる。期待を失いながら残る人もいるのです。
私は長い間、それらをひとまとめにして「定着」と呼び、離職率が低ければエンゲージメントが高い状態なのだと思い込もうとしていました。しかし、受動的、消極的、ネガティブな理由で離職率が低いケースは確実に存在します。
かつてはエンゲージメントを「会社への感情」だと思っていましたが、今は、「自分で選んでこの組織に関わっている、という姿勢」こそが本質なのではないかと思っています。
