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看護師の肩書きを一旦お休みしてみたら、キャリアも自分も身軽になった


最近、取材のお仕事をいただくと、こんな前置きをつけるようになった。

「看護師兼ライターの白石です。今、産後で看護師のほうはちょっとお休みしてるんですけど……」

嘘はついていない。ただ、素直に名乗れないというか、名乗りにくいというか。
自分にも相手にも、正直でいたいだけなのかもしれない。

もうひとつ、最近の生活の中で見つけた小さな発見がある。
保育園のお迎えのとき、他のママたちと交わす何気ない会話。
グループLINEでのやりとり。
そこで私は「〇〇ちゃんのママ」と呼ばれる。
看護師でも、ライターでもない、ただの「〇〇ちゃんのママ」だ。

ああ、私にはもうひとつ役割があったんだ。
そんな、なんだか不思議な感覚になる。

じゃあ、それ以外の場所にいる私は、何者なんだろう。
そんなことを考えるようになったのは、ここ1年ちょっとの話だ。


分かれ道は、7年前にもあった

話は7〜8年前にさかのぼる。

看護師兼ライターとして駆け出しの頃、ライターの仕事がありがたいことに順調に増えていった時期があった。
仕事量も多く、夜中まで原稿と向き合っていたこともある。
このままだと看護師の仕事との両立がまずいかもしれない、いっそライター一本でやっていくのもありなんじゃないか。
そんなふうに思い始めていた。

そのことを、当時お世話になっていた編集者さんや知り合いに話したとき、こう言われた。

「白石さんの強みは、看護師として今も働いていることだと思う」

なるほど、そういうものか。
正直、当時はその程度の受け止め方だった。
その強みが本当にどれくらいの威力を持っているのか、実感として理解できたのは、もっと後になってからのことだ。

周りを見渡すと、看護師でライターをしている人は少しずつ増えていた印象があったけれど、その多くは現場を離れて、ライター専業になった元看護師さんだった。
そんなに違うものだろうか、と半分納得できていない自分もいた。

ただ、結局私はおおざっぱで面倒くさがりでせっかちなタイプだ。
きっと元看護師になってしまったら、自分から勉強したり情報を取りに行ったりしなくなる。
だったら片足だけでも現場に突っ込んでおいたほうが、自然と学びも情報も入ってくるだろう。
そう考え直して、兼業というスタイルを続けることにした。

珍しく、自分ひとりで決めたというより、人の意見に寄って決めた出来事だったと思う。
普段の私は、わりと自分で考えて自分ひとりで決めるタイプだ。
ジャイアン気質、と言ってもいい。
そんな私が、あのときは素直に人の言葉を受け取った。


肩書きは、あえて隠すこともあった

もうひとつ、思い出したことがある。
ライターとして4〜5年目くらいの頃、ある介護系のメディアで取材を担当することになった。
担当者の方と名刺交換をしたときに、こう言われたことがある。

「看護師という肩書きは、あまり出さないほうがいいかもしれないですよ。相手が萎縮しちゃうので」

最初は、ちょっと失礼な人だな、と思った。
でも、実際に介護職の方にインタビューで名刺交換をすると、「看護師さんなんですね」と言われる。
話を聞いている最中にも、「看護師さんだからもうご存知かもしれないですけど」「こんな話、看護師さんに言うのもなんですけど」という言葉が、何度も引っかかった。

ああ、そういうことか。
普段の職場でも、看護師と介護士の間には、そういう力関係のようなものがあるんだろう。
職業柄、母数が多いぶん、看護師のほうが強い立場になりやすいのかもしれない。
そう想像しながら、少し反省した。

それからは、名刺の肩書きをなくすことはしないまでも、時と場合によって、肩書きを出したり、あえて隠したりするようになった。

妊娠、そして退職という選択

そこから数年後、私は妊娠した。
フリーランスのライターと、週2日のパート看護師。
この働き方には、いわゆる産休・育休というものがない。
胎児の心拍が確認できた時点で、いつから休もうかを考え始めた。

長年勤めていた職場だったので、籍は残しておけることになった。
戻ってくるという口約束もしていた。
それでも一旦は退職という形を取ることになる。

予定日は7月10日。
通常なら、その6週間前、5月末あたりから休みに入ることが多いらしい。
ただ、私は39歳での出産だった。
そこまでギリギリまで頑張る必要はないんじゃないか。
ちょうど新しい人が入ってくるタイミングでもあったので、キリの良い2025年の3月末で退職することにした。

このときの気持ちはまだ軽かった。
1年休んで、また来年の春にどうするか、その時の状況で決めよう。
その程度に考えていた。


思ったより穏やかな産後と、「外来」の話

7月4日、予定日より少し早く子どもが生まれた。
2025年の夏だった。
夫も2か月半の育休を取ってくれて、慌ただしい毎日ではあったけれど、思っていたよりもずっと落ち着いていた。
子どもは夜もまとまって寝てくれるタイプで、夜泣きで何時間も付き合う、みたいなこともなく。
8月後半には、ライターの仕事に復帰しようと思っていたくらいだ。

そのくらいの時期に、元の職場に「無事に生まれて、落ち着いています」と連絡を入れた。
来年の復帰について話したとき、上司からこう言われた。

「戻ってくるとなると、外来配属になる可能性が高い。同じように妊娠出産でスタッフが休むことになって」

それでも大丈夫か、と聞かれて、私の中でうっと詰まるものがあった。
私には、病棟で働く自分のイメージしかなかったからだ。

外来が悪いわけではない。
本当に向き不向きがある部署だと思っている。
たまにヘルプで入るくらいならいいけれど、私はどちらかというと圧倒的に向いていないタイプだ。
診察室で医師のすぐそばについて、事務作業まで巻き取るドクターズクラークのような立ち位置で動かなければいけない場面が多く、あの感覚がどうも自分の肌に合わない。

それなら、もう少し休んでからまた決めよう。
そんな流れで、休みは丸2年、2027年の春まで取ることに決めた。


肩書きが、外れていく感覚

看護師19年目にして、これほど現場から離れたのは初めてのことだった。

ちゃんと戻れるかな、という不安がなかったわけじゃない。
技術的なブランクは正直あると思う。
それでも、出勤すれば体が覚えている感覚もきっとあるはずだと思っている。
むしろ気がかりなのは人間関係のほうかもしれない。
数年空けば、当然メンバーも変わっているだろうし、そこにあらためて新しく入っていく自分を想像すると、少し身構えてしまう。

子育てと家事をしながらライターの仕事もある今の生活に、看護師の勤務がもう一度加わることへの不安もある。
ただ、私にはライターという仕事もあったから、一旦そちらに専念してみるのも悪くないかもしれない、と前向きに捉えることにした。

でも、実際に離れてみて気づいたことがある。

現場を一旦離れると、ガイドラインが変わった、診療報酬が改定された、といった話も、自分から情報を取りに行かないと入ってこなくなる。「
現役の看護師です」と、前面に出して言いにくくなっていく自分がいた。

それはつまり、これまでの私は、肩書きを武器にして仕事をしていたということだ。
でも、その武器が今は以前ほど効かなくなっている。
だとしたら、自分には何が残るんだろう。

そんなふうに考え込んでしまうこともあったけれど、まあ、考えたところでよくわからないし、実際に困っているわけでもない。
だから、考えているふりをしていただけなのかもしれない。


気づかないうちに、頭の中はずっと仕事だった

もうひとつ、これは休んでみてはじめてわかったことがある。

週2日の勤務といっても、私の中では気持ち的にはほとんど常勤と同じ感覚で働いていた。
自分がいない日のことを、出勤したときにぐっと吸収しなければいけないと思っていたし、誰かが病欠になったと連絡が来れば、頭の中でシフトのことや次の出勤のメンバーのこと、担当していた患者さんの状態のことを、いつも切り替えながら過ごしていた。
オンとオフというより、常に半分は職場に頭を置いたまま暮らしていた感覚に近い。

9〜10年近く同じ職場にいて、居心地は悪くなかった。
不満があったわけでもない。
あとは自分がオツボネにならないように気をつけよう、そのくらいの気持ちで、ずっと突っ走ってきた。

でも、退職してその切り替えが必要なくなったとき、初めて気づいた。
ああ、これ、知らず知らずのうちに負担だったんだな、と。
一旦リセットされたことで、惰性で続けていた部分まで、一緒にリセットされたような感覚があった。


肩書きを脱いだら、向こうからやってきたもの

看護師としての肩書きが少しずつ薄れていく分、もう一つの自分であるライターのほうに、これまで以上に力を入れてみようと思うようになった。
肩書きを一旦手放してから、久しぶりに営業活動というものをするようになった。
ライターや編集者の交流会や商談会に顔を出したり、しばらく連絡していなかったクライアントに、ご挨拶のメールを送ったり。

そうしているうちに、これまでとは少し違う仕事が舞い込んでくるようになった。

ひとつは、医療特化のコンテンツ制作チーム・プロダクションでの営業・ディレクターという仕事。
これまで自分ひとりでは受けきれなかった案件も、プロダクションとしてなら受けられる。
お互いにとって都合のいい話だった。

もうひとつは、書籍のブックライティングの仕事。
自分が著者として名前を出すのではなく、別の著者さんの本の一部を執筆したり、編集やリライトをしたり、インタビューをして文章にまとめたりする仕事だ。
これも、以前はあまりなかった種類の依頼がぽつぽつと増えてきた。

肩書きを脱ぐと、こういう仕事も舞い込んでくるんだな、と思った。
ただ、それは私の側から見た感覚であって、クライアントさんにしてみれば、現役かどうかはそこまで関係なく、単純に「白石さんにお願いしたい」と思ってくれていた、というだけのことなのかもしれない。

看護師というのは、専門職であるがゆえに、アイデンティティが根強く残る仕事だと思う。
看護師であることの誇りなのか、単なる怠慢なのか、意地なのか。
自分でもそのあたりがよくわからないまま、こびりついて離れない。
長年病院で働いてきた身からすると、地域に出て取材をするときも、どこか肩書きで何かをしているような気持ちになっていた。
それは別に悪いことではなくて、自分の役割や立ち位置を意識して立ち回れることは、私の強みでもあり、同時に弱みでもあったんだと思う。

それが、一時的にではあるけれど、すっと肩の荷が下りるような瞬間があった。
今の自分は、わりと自由な気持ちでいる。
そこで初めて、ああ、自分は肩書きに縛られていたんだな、と気づいた。


止まっているのに、パワーアップしてる?

夫は、私が働かなくてもギリギリ生活できなくはない、という状況もあってか、「無理して働かなくていいと思う」「好きなことをやったらいいと思う」と言ってくれる。
ただ、そのあとに「でも、働かないのは無理でしょ。暇なの耐えられないだろうし、お金も使っちゃうだろうし」と続くのがうちの夫らしいところだ。
「子どもとの時間を優先してほしいし、自分もできることならそうしたい」という考えは一致しているので、その範囲の中で、今の働き方に落ち着いている。

自分としては、休んでいる、止まっている、という感覚が少しあった。
でも周りからは「休んでさらにパワーアップしてるんですけど(笑)」なんて言われることもある。
自分の感覚と、周りから見えている姿との間に、少しずれがあるのはおもしろいものだと思う。

「キャリアブレイク」という言葉を知ったのも、ちょうど出産前のことだった。
仕事を一定期間離れて、そこで得たものを次のキャリアに活かすという考え方らしい(気になる方は「キャリアブレイクラボ」というサイトに詳しい説明がある)。
こういう選択肢もあるんだ、と知って、そこまで仕事に悩んでいたつもりはなかったけれど、今もこうしていろいろ考えられる余裕があることは、ありがたいことなんだと思う。


まだ、決めていない

2年間の休みを終えたあと、看護師の仕事をどうするか。
正直、まだはっきりとは決めていない。
秋口から冬にかけて、職場の状況を相談してみようと思っている。
そのときにまた「外来しか空いていない」と言われたら、どうするか。

看護師としてこれをやりたい、という強い希望があるわけではない。
どちらかというと、自分の性格に合う職場や働き方で選んでいる節がある。
家の近くで探すかもしれないし、知り合いのつてを頼るかもしれない。
あるいは、一回外来をやってみるか、となる可能性もゼロではない。

ただ、ずっとライター一本でやっていくことはないだろうな、とも思っている。
続かない気がするのだ。
アウトプットばかりの生活は、多分自分には合わない。
ちゃんとインプットもしたい。
だから、これからも何かしらの形で、看護師として現場に関わり続けているんじゃないかと思う。

そんなことを行ったり来たり考えながら、今はこんな毎日を送っている。
2025年の8月後半からライターの仕事に少しずつ戻り、2026年4月には子どもの保育園も無事に決まった。
平日は朝8時半から17時まで預かってもらえる。
とはいえ実質仕事ができるのは16時半くらいまでで、そこから夜ごはんの支度を少し進めて、お迎えに行く。
子どもとの時間を過ごして、19時過ぎに夫が帰ってくると分担して少し落ち着き、20時頃に子どもが寝ると、そこでようやく一旦解放される。
そこから残りの仕事をすることもあれば、夕方に来ていた連絡に返信することもある。
ぎゅっと詰まっているようで、意外と穏やかな一日だ。


書きながら、気づいたこと

こうして書き出してみて、ひとつ見えてきたことがある。
自分では、何も考えずに流れで決めてきたつもりだった。
「考えているふりをしていただけかもしれない」なんて、この文章の中でも書いたけれど、実際は、いろいろなことをちゃんと考えて、そのつど決断してきたんだな、と。

外来は自分には合わない、というのも、なんとなくそう感じていただけではなかった。
もし病棟に戻れないとしたら次の職場はどうするか。
そもそもなぜ自分はそこまで病棟にこだわっているんだろう。
なぜライター一本でやっていくつもりはないんだろう。
書きながら、こういう問いをいくつも自分に投げかけていたことに、あらためて気づかされた。

今の職場には、もう10年近くいる。
働き方そのものについて、立ち止まって考えたことはここ数年なかった。
兼業とのバランスをどう取るかは、そのつど考えてきたけれど。
ライターの仕事も9年ほどになる。振り返ってみると、駆け出しの頃から数えて、何度目かの踊り場に差しかかっているタイミングでもあったんだと思う。

きっかけは、妊娠と出産だった。
それは間違いない。
でも、後から振り返ってみると、仕事のことも自分自身のことも、じっくり向き合うにはとてもいいタイミングだったんだな、と気づかされる。

立ち止まることの一番の価値は、休むことそのものじゃないのかもしれない。
当たり前だと思って続けてきたことを一度リセットして、今の自分に本当に必要なものを、あらためて棚卸しできることなんだと思う。


「私、ママだ」という発見

保育園のお迎えで、「〇〇ちゃんのママ」と呼ばれるとき。
まだ呼ばれ慣れていなくて、少しくすぐったい。
素直に、うれしい。
私、ママなんだ。

看護師の白石さんでも、ライターの白石さんでもない、もうひとつの私。
肩書きが増えることは、怖いことじゃなかった。

肩書きは、私を助けてくれる武器でもあったし、いつのまにか私を縛る鎧にもなっていた。
資格があるからこそ、休むことに罪悪感を抱いてしまう人もいるだろう。
専門職だからこそ、肩書きを手放すことが怖いという人もいるかもしれない。

でも、肩書きは一つに絞らなくていい。
隠したり、出したり、増やしたりしながら、その時々でちょうどいい形にしておけばよい。

今、私はそんなふうに思っている。


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