挨拶を返されないと、脳内で三文芝居が始まるコト
私には重度知的障害をもつ自閉症の息子がいる。
生活介護の作業所に通所していて、毎日私が送迎している。
息子は中学から支援学校に入り、高等部を卒業した。
高等部に入学すると、入学の喜びもつかの間、
息子の場合は重度のため、作業所に入れるか問題がのしかかる。
中学部の頃から「こういう子供たち(息子)にとって、挨拶できることは大事です」と少しずつ言われるようになったが、
高等部では進路指導の先生から、
「能力的には他の子の方が優れていたけれど、挨拶がとてもよくできる子だったから、一般就労に決まった」とか
「生活介護ではなく、B型作業所に入れた」という話をされた。
それを聞いた私たち保護者は、
「挨拶できるように、頑張らせないと」となる。
朝、校門に立っている先生方に
母「おはようございます」
息子が無言のときには、
母「おはようございます、言って」
息子「おはようございます」
学校だけでなく、私はマンションに住んでいるので、
とにかく私は息子にお手本を見せないと、と
マンションの廊下ですれ違う住人に、
「おはようございます」「こんにちは」と
もともと挨拶はしていたけれど、言われてからではなく、
私から先に挨拶をするよう心がけた。
少したつと、息子の方から先に
「おはようございます」「こんにちは」と
挨拶できるようになった。
マンションの廊下では、息子が先に歩き、私は後ろを歩く。
そうすると、すれ違う場合、息子の方が先に挨拶をするようになる。
ほとんどの方は、挨拶を返してくれるが、
残念ながら、息子が言っても、息子をちらりと見て無言、
私が言っても、無言の方もいる。
「無言かい!」と、はじめは心の中で、ひとりつっこみ。
そのうち、何回か同じことがあったとき、
ふと、娘が小4のときの担任の先生の
挨拶は「相手に対して、自分はあなたの敵ではないですよ」を伝えるためにするんです、という言葉を思い出した。
それを思い出したら、挨拶をされないときに、
あなたは自分で「私はあなたの敵です」と言ってますよ、と思えた。
さらに今は、そこからもう少し、段階が進んでいて、
挨拶を返されないと、私の脳内で三文芝居が始まるー
子供のころに見ていた「水戸黄門」「暴れん坊将軍」の影響か、時代劇調。
私は侍の格好をして、江戸の街を歩いている。
前から来た人に「あはようございます」と挨拶をする。
相手は無言。すると、
「必殺仕事人」の高らかなトランペット音から始まる音楽の後に、
私は「汝(なんじ)は、我の敵であるな。成敗いたす」と刀を取り出す、
挨拶をしなかった相手は斬られてしまう、
それが終わると、「鬼平犯科帳(中村吉右衛門さん編)」のエンディングのギター曲が流れて終了ー
そんなことを考えていると、どうしてもゆっくり歩いているようで、
息子はすでに、通りのはるか先を歩いている。
まずい!早く息子に追いつかなければ。
息子は駅の自動改札を通ると、必ず私が来るのを待っているのだが、
待つ位置が、乗り降りする人たちにとっては、
ちょうど邪魔になる位置に立っている。
少し離れたところにいるように教えているのだが、
こだわりだからか、直らない。
今朝、久しぶりに、この三文芝居が作動してしまい、
やはり息子は、はるか先を歩いており、
小走りしつつ、得意な早歩きで追いつき、
どうにか、息子が自動改札を通ったすぐ後を通り抜け、
息子は、邪魔者にならずにすんだ。
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