家族みんな、同じである必要って、そんなにあるのかな?
昨日は、お天気が最高に良かったので
家族4人で登山に行きました⛰️🚶
でも、歩くのが好きではない長男…
「登山よりプールに行きたい」
とブーブー言っているのを説得しながら、
なんとか出発しました。
すると、登り始めたら意外と楽しそう✨️
ちゃんと自分の足で登って、
無事にゴールの滝まで辿り着きました。
滝のそばでおにぎり🍙を食べて、
マイナスイオン浴びて気持ち良かったです✨️
でも問題は、その後でした。
「もっと違うルートも行ってみよう」
さあ下山しようか、というタイミングで、
夫が、
「もっと違うルートも行ってみよう!」
と言い出したんです。
次男は、「行くー!!」
と大喜び。
私も登山が大好きなので、
「行こ〜!」
と、乗り気だったんですが、
長男は違いました。
完全に、
“もう終わり”
のつもりだったんです。
そこへ突然の追加ルート(笑)
長男は一気に
「絶対行きたくないモード」になりました。
夫は少し困った顔…
「せっかくここまで来たのに…」
という気持ちも、きっとあったと思います。
「みんな一緒」にしなかった
そこで私は、
「じゃあ、パパと次男で行っておいで^^」
と伝えて、
夫と次男は追加ルートへ。
私と長男は、ゆっくり下山することにしました。
私も登りたかったけど、
そこは親としてグッと我慢です。
(それに次男とさらに登頂するのも、足腰がやばくなりそう…ということも頭の片隅にありました笑)
下山しながら、
長男とたくさん話をしました。
学校のこと、友達のこと。
ゲームのこと。
最近考えていること。
結果的に、
・夫と次男は大満足
・長男は安心して下山
・私は長男とゆっくり話せた
という、みんなが満たされる時間になりました。
「行くよ!」と押し切っていたら
もしあの時、
「みんな行くんだから行くよ!」
ってしてたら、どうなってただろうって、
あとから考えていました。
長男は、最初から登山を希望してたわけじゃない。
ほんとはプールに行きたかった。
それでも、気持ちを切り替えて、ちゃんと山を登った。
「えー」とか言いながらも、途中からはちゃんと楽しんでた。
大人からしたら、
「せっかくここまで来たんやし」って思うけども、
でも子どもって、特に長男は、
“予定変更”
って、思ってる以上にエネルギー使うんやろうなぁって思いました。
しかも、もう頑張り切った後だったので、
切り替えに使うためのエネルギーももう無かったんだろうなぁ…
だからもしあそこで、
「みんな行くんやから行くで!」
「空気読んで!」
「せっかく来たんやから!」
って、押し切ってたら。
きっと最後は、しんどい思い出になってた気がします。
「山登り=疲れる、嫌なもの」
みたいに。
最後に、
「な、山登りも悪くないやろ?^^」
って聞いてみたんです。
そしたら、
「うん、楽しいな。いい感じ」
って。
あぁ、良かったなぁって思いました。
無理やり最後まで連れて行ってたら、
聞けなかった言葉かもしれません。
型より、“その子に合う方法”
私は最近、
「みんな同じである必要って、そんなにあるのかな?」
と思うことが増えました。
“型にはめる”
より、
“その子に合うやり方を一緒に探す”
方が良い気がしています。
もちろん、時には頑張ることも必要。
でも、
「今は限界なんだな」
を見極めることも、同じくらい大事。
そして、
「しんどい時は、やり方を変えてもいい」
という経験は、
これから先きっと、人生のいろんな場面で役に立つと思っています。
子育てって、
“正解を教える”というより、
「この子に合う攻略法を、一緒に探していくこと」
なのかもしれません。
そんなことを感じた、登山の日でした。
