生きる意味について

本当は、生きる意味なんて存在しないのだろうということを感じるようになった。

生きる意味を見い出せたとしても、それは死ぬまで続く保証はない。だから、突然見失うことがあってもおかしいことではない。

このことは、悲観することではない。生きる意味がないから、自分に価値が無くても、価値を見出さなくても生きていけるということだから。

生きる意味がないなら、どうするのか。
それは、ただ生きる、何も考えずにただ生きることだと思う。
ただ生きていれば、おいしいものを食べたり、温かいお風呂に入ったり、人と楽しいことを共有したりと、生きる意味を見い出せるはずだ。
生きる意味に壮大さはいらない。誰かに説明したり、自慢するものではないから。人の人生は、わかりやすく説明できるほど単純なものではない。

人生に大切な要素は人間関係とお金と仕事……とか、何歳までに〇〇をして……とか、人生にはモデルがあって、自分もそのようなモデルを自分なりに見つけることが大事だと思っていた。けれど人生ってそんな簡単に表せるものなのか?と疑問がわいた。モデルを考えれば考えるほど、自分が無理をしている気がしてならない。そんなこと考えるより、周りを見渡せばもっと美しい景色や、楽しい人がいるのではないか?

今この記事を沖縄の旅の帰りで書いている。沖縄は、考えなくても美しい景色、美味しい食べものを与えてくれる素晴らしい場所だ。楽しいことってなんだろう?と一生懸命考える必要なく、ただただ生きているだけで生きる意味を感じされてくれる。

蛇足かもしれないが、これはお金をかけた対価ではないと思う。次沖縄に行くときは、もっとお金をかけずにいくことができる、そんな方法を現地で知ることができた。要は大事なことはお金ではなく気づきなのだ。

生きる意味、これからの人生方向性を毎週、時には毎晩考えたことがあった。これからはそのようなことはやる必要はないと思う。
考えたとしても、「折角だから」「やらないよりいいから」という軽い気持ちで考えることにする。

私は生きる意味を探すことに執着しすぎた。私は確かに夢が多くあった。やりたいこともたくさんあった。だが、それが叶わなかったときの落胆も大きかった。すぐに、自分は無価値なのではないかと感じるようになった。
「私は〇〇をするために生きているんだ」という感覚は気持ちの良いものだったが、それはいつか終わる。そして新たな意味を探す。そのサイクルに気づき、一喜一憂しないようにしたい。

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