剥き出しでもなく、隠すでもなく。経験を重ねた身体を最も美しく魅せる、東洋の知性|Quiet Luxuryの引き算戦略Vol.08
ブランド名やロゴマークを徹底的に排除したその先にある価値を追い求める「Quiet Luxury(静かなラグジュアリー)の引き算戦略」。第8弾となる今回は、西洋の華やかな装飾主義から潔く距離を置き、独自の構造によって世界をあっと驚かせた東洋の知性、PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE(プリーツ プリーズ イッセイ ミヤケ)を特集します。
皆さんは「若い頃は全然良いと思わなかったのに、歳を重ねて突如猛烈にトキメキを覚えるようになったブランド」ってありませんか?
若い頃の私は「なんだかちょっと古い気がするな」「おばちゃんっぽいデザインだな」なんて、大変失礼なことを思って敬遠していたブランドがいくつもあります。たとえば、本連載の第6回でご紹介したボッテガ・ヴェネタ。若い頃の私は、あの独特な編み込みレザーの良さが全く分からず、どこか古臭いもののように感じていました。
ところが、自他ともに認める立派なおばちゃんになった今の私はどうでしょう。あの職人の丁寧な手仕事が編み目に宿るバッグや、編み込みレザーだからこそ表現できる「ベイビー ヴェネタ」の、あのコロンとした丸っこい愛らしいフォルムに、もう完全に夢中。マジぎゅんぎゅんぎゅん好きすぎて滅。今では私の「いつか絶対に買うんだリスト」の最上位にしっかりとランクインしているほどです。
このように、様々な経験を積み、年齢を重ねてこそ、初めてその本当の良さが染みるように理解できるブランドがあります。そんな「大人のためのブランド」の中でも、間違いなく頂点の一つに君臨しているのが、今回ご紹介するプリーツ プリーズなのです。
プリーツに込められた驚くべき逆転の発想
プリーツ プリーズの生みの親であるデザイナーの三宅一生氏は、ものづくりの根底に「衣服は、着る人にとってどこまでも自由であり、日常に密着した実用的なものであるべきだ」という、きわめて強い信念を持っていました。
西洋の伝統的な服づくりは、人間の身体の形に合わせて細かく布を裁断し、それを立体的に縫い合わせていく「型にはめる」アプローチです。それに対して三宅氏は、衣服の原点である「一枚の布」という概念から出発しました。いかに布を無駄にせず、着る人の身体の動きを制限しない服を作るか、という果てしない挑戦です。
そうして研究を重ね、1993年に一つのブランドとして本格的にスタートしたのがプリーツ プリーズでした。

この服が世界に衝撃を与えたのは、その独自の作り方にあります。一般的なプリーツ加工の服は、あらかじめ布地にプリーツ(ひだ)をつけてから、それを型紙に合わせて裁断し、縫製して仕上げます。しかし、プリーツ プリーズはその真逆。なんと、「最初に通常の数倍大きなサイズで服の形に縫い上げてから、それを特殊な機械に挟んで、後から一気にプリーツをかける」という、誰も思いつかなかった驚くべき逆転の発想で作られているのです。
この独自の構造によって、衣服に魔法のような利点が生まれました。どれだけ動いても突っ張らない圧倒的な軽さと伸縮性を持ち、どれだけ雑に扱ってもシワにすらならない。旅行や出張のスーツケースにくるくると丸めて放り込み、現地で取り出した瞬間に、シワ一つない美しい立体感で身体を包み込んでくれる。さらに、自宅の洗濯機でガシガシ洗えて、すぐに乾く。
これまでの高級服が求めていた「繊細でお手入れが大変な特別感」をすべて引き算し、日常の扱いやすさと芸術的な美しさを完璧に両立させたのです。
芸術性と実用性の矛盾を解決した、強かなブランド価値
シワにならずに洗える。つまりそれは「日常着」なわけです。私たちがユニクロやプチプラに求める価値なわけです。それが、なぜ世界最高峰の芸術として評価され、高級ブランドとしての威信を保ち続けられるのか?
この秘密を解き明かすために、衣服の持つ「美しさ」と「日常の扱いやすさ」という矛盾をブランドがどのように解決すべきかを論じた、マーケティング学術界の非常に高名な論文を補助線に引いてみましょう(Berthon et al., 2009)。
ピエール・ベルソン教授らの共同研究によると、高級ブランドが長期にわたってその格の高さを維持するためには、相反する要素を調和させる高度な知性が必要であると実証されています。論文では、高級品の本質である芸術的な美しさ(審美性」と、日々の生活で道具として役に立つ実用的な扱いやすさ(機能性)は、本来は相反する矛盾(パラドックス)の関係にあると指摘されています。世の中の多くのブランドがどちらか一方に偏るなか、この二つの矛盾をクリエイティブな技術(構造の工夫)によって高次元で融合させたブランドは、消費者の脳内に「他には代えがたい本物の価値」として記憶され、流行に左右されない絶対的な地位を築くことができると結論づけられています。
プリーツ プリーズの引き算の戦略とは、これみよがしな装飾を消し去る代わりに、衣服そのものの「構造の工夫」によって美しさと実用性を融合させ、世界の最上流市場の記憶を支配する、きわめて強かな戦い方なのです。
今では、世界中のクリエイターや建築家、前線で活躍する働く女性、そして年齢を重ねた知的な女性たちから「これさえあれば、世界中どこへでも自信を持って行ける」として、熱狂的に支持されています。
剥き出しでもなく、隠すでもなく。人生を包み込む美しさ
プリーツ プリーズが、年齢を重ねた大人の女性たちに提供している「本当の価値」とは一体何なのでしょうか。
この服を着たことがある方ならよく分かると思いますが、上半身や腰回りは、意外なほど身体のラインにぴったりと、優しく沿うようにフィットします。かと思えば、ボトムスや全体のシルエットは、風をはらむようにゆったりとした大らかな広がりを見せるものが多いのです。
ここに、私はこのブランドの凄みを感じます。
若い頃のように、自分の身体を誇るように剥き出しに見せるデザインではない。かといって、年齢を重ねて体型の変化に自信がなくなったからと、大きめのダボっとした服で自らの身体のラインを完全に覆い隠してしまうものでもない。
プリーツ プリーズが提供するのは、「剥き出しでもなく、隠すのでもない、その人が重ねてきた経験や人生をそのまま美しく包み込む」という境地です。
歳を重ね、様々な荒波を乗り越えてきたからこそ醸し出せる、まるで年代物の赤ワインのように深く熟した美しさを極限まで引き出し、最も魅力的な形で魅せてくれる。これこそが、世界中の知的な女性たちが最後にこの服に行き着く、本当の理由なのではないでしょうか。
と、偉そうに、ブランドの価値を熱弁してみましたが。実は私、まだプリーツ プリーズを1枚も持っていないんです…若輩者ゆえ、プリーツ プリーズの良さに気づいたのが本当に最近なのです。でも、今回の記事を書きながら、もう私の物欲メーターは限界突破寸前。早くあの美しい構造に包まれてみたい。まずは、1枚でさらりと決まる、シンプルな美しいラインのワンピースを狙っています。よし、決めた。今週末、絶対に百貨店に足を運んできます。
さあ、皆さんは自分の人生や経験をそのまま魅力に変えてくれる、頼もしい相棒のようなお洋服、持っていますか?
次回は、カウンターシグナリング(あえて目立たない選択をすることで、逆に自分の格の高さを示す心理)の光と影を体現する、孤高のメゾンMaison Margiela(メゾン マルジェラ)の精神解剖に迫ります。
【株式会社monamieからのお知らせ】
今回のプリーツ プリーズが、これみよがしな装飾を引き算し、衣服の構造という本質だけで世界を魅了したように、自社の事業や個人のキャリアにおいて、流行の言葉や小手先の見せ方に頼らず、自分たちにしかできない『独自の強みの構造』を言葉にすることは、これからの時代を生き抜くために最も重要な土台です。
「自社の本当の強みをどう表現すればいいか分からない」「競合の真似ではなく、独自の価値観で顧客に選ばれる仕組みを作りたい」という経営者様、ぜひ一度、monamieに壁打ちにいらしてくださいね。じっくりと、あなたの人生や事業の文脈を紐解く伴走をいたします。
【引用文献】
Berthon, P., Pitt, L., McCarthy, I., & Kates, S. M. (2009). Aesthetics and ephemerality: Observing the luxury paradox. California Management Review, 51(3), 45-66. https://doi.org/10.1525/cmr.2009.52.1.
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