ザ・マウンテン
いつもアイだった。
子供のころから、ずっと。
アイアイ、アイアイ、アイアイ、アイアイ──お猿さんだよ〜。
母と一緒にモンキーダンスなんかして歌っていた。
当然、自分のことは人間だと思っていた。
……でも、ある日のこと。
気づいたら 私は猿山で生きていた。
猿山の生活は意外と忙しい。
夜明け前に寝ぐらを出て、蛍の光を聞きながら帰路につく。
山のてっぺんに陣取るボス猿を頂点に、
歯車として回り続けるのが使命だと思い込んでいた。
そしてこの山には、ある流行病があって、これに感染すると――
I am / I think / I believe──
と話し始める。
「私は24時間戦えます」
「私はチームのために尽くします」
「私はこの組織を信じています」
主語が“I”になってしまうのです。
なぜかって?
“I”を掲げなければ、ボス猿に存在を認めてもらえない。
監視の目がいつも光っていた。
『お前の“I”はそんなものか?』
『替わりなどいくらでもいる』
『ここで生きる価値を証明してみろ』
だから私は、必死にアイアイと叫んで生きた。
バナナを献上し、毛繕いをし、
反対勢力の矢面に立つこともあった。
小さな成果を積み重ね、それなりの場所を得ることが出来た。
そしてわかった。
これは進行性の疾患だ。
アイアイが進行すると、次のステージに突入する。
マイマイ病。
My opinion is──
My dream is──
My goal is──
「私の意見はですね」
「私の夢はですね」
「私の目指すものは……」
……まずい。なんてけしからん。自我の塊である。
存在の主張だったアイは、
「自分の意見は耳を傾ける価値がある」というマイへ変容した。
病は進む。
私は慄いた。まだ続きがあったのだ。
その先に待ち受けるのはーー
ミーミーミー。
Look at me !
Give me !
Help me !
終わった。
これは末期症状だ。
かまってちゃんでしかない。
「私に注目して」
「私を褒めて」
「私をちやほやして」
ここに到達したということは、エゴはダイヤモンドになる。
“ダイヤモンドは砕けない”──ジョジョの世界だ。
自分の正しさが未来永劫保証されていると信じ始める。
これまでの流れを整理する。
アイ → マイ → ミーだ。
行けるとこまで行くしかない。
覚悟を決めた。
その矢先だった。
ボス猿が、突然姿を消した。
理由は誰にもわからない。
皆が途方に暮れる中で、ふと気づいた。
猿山にいる限り、私はいつも私のために生きていた。
アイのために、マイをして、ミーを生きていた。
そんな世界では、いつだって世界の中心は自分になる。
世界が狭くなるのは当然だった。
そしてようやく理解した。
「あ、山を降りればいいんだ」
拍子抜けするほど単純だった。
アイを手放すことは自由になることなんだ。
山を降りた瞬間、風が吹いた。
マインマイン──揺れる木々が、どこか懐かしい声で囁いてくる。
そのとき、人生はようやく「自分のもの」として始まった。
The choice is mine.
The decision is mine.
Everything is mine.
検証はされていないが、ギリシャの賢人たちは、この状態を “míne-míne(マインマイン)” と呼んだとも言われている。
そこからだった。
私がようやく猿から人間に戻れたのは。
もしあなたが今、
どこかの猿山でアイアイ叫び続けているのなら、
どうか一度だけ思い出してほしい。
山は降りていい。
世界はきっともっと広い。
アイ → マイ → ミー→マイン
完結
◾️朗読版(語り手:音羽しーなさん)
音声でもお楽しみ頂ければ幸いです。
