【とんま村の物語】🌻第10話:解説③「借金から生まれるお金に未来はあるのか」―ドルの危機と、世界を覆う“返済不能な約束” noteマネーピックアップ
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【とんま村の物語】第10話:「増えるマジック、無限のツケ。 ~アルパカの増殖祭りと、焼け石に水~」

第1部では、世界が危機のたびに清算を避け、負債とマネーを増やしてきた流れを見た。
第2部では、その構造が日本では「帳簿は守られるが、円の購買力が削られる」という形で現れていることを見た。
第3部で問うのは、さらにその奥にある問題だ。
そもそも、借金に紐づいてお金を作り、その返済のために、さらに成長と借金を必要とする仕組みを、これからも社会の土台にしてよいのか。
その問いを考えるために、今回は基軸通貨の観点から歴史を見る。
なぜなら、この仕組みの問題は一国の中だけでは終わらないからだ。
第10話解説 三部作の地図

1. なぜ基軸通貨の話をするのか

桃の介:
借金からお金が生まれる話をするのに、なぜ基軸通貨の話が必要なんですか?
ゆん吉: それは、この仕組みが世界規模で回るとき、必ず中心になる通貨が必要になるからだ。
一国の中では、銀行貸出や国債によってお金が作られる。
しかし世界では、国境を越えて物を買い、資源を仕入れ、借金をし、金融取引を行う。
そのとき、すべての通貨が同じ力を持っているわけではない。
世界中が受け取り、保有し、借り入れ、返済に使う中心通貨が必要になる。
それが基軸通貨だ。
基軸通貨は、単なる「便利な決済手段」ではない。
世界中の貿易、資源、借金、金融市場を束ねる、このシステムの軸なんだ。
2. 基軸通貨は、帝国の力とともに移ってきた

ゆん吉:
かつて、その中心にあったのはスターリング・ポンドだった。
ポンドを支えていたのは、大英帝国の海軍力、植民地ネットワーク、貿易網、ロンドン金融市場だった。
つまり、ポンドは単に信用された通貨だったのではない。
世界中の貿易、海運、保険、金融、資源の流れを握っていた帝国の通貨だったんだ。
しかし、二度の世界大戦でイギリスは大きく疲弊した。
戦費で財政は傷み、対外債務は増え、植民地支配も揺らいだ。
一方で、アメリカは世界最大の工業力、金保有、軍事力、金融力を持つ国として台頭した。
その結果、世界の中心通貨は、ポンドからドルへ移っていった。
桃の介: つまり、基軸通貨は「どの通貨が便利か」だけで決まるわけではないんですね。
ゆん吉:
そう。
基軸通貨の歴史は、単なる通貨の交代史ではない。
帝国の重心がどこにあり、資源の流れを誰が握り、海上交通を誰が守り、世界の借金と決済をどの通貨で束ねるかという、世界秩序そのものの歴史なんだ。
3. スエズ危機―大英帝国の昔日

ゆん吉:
大英帝国の最終的な衰退を象徴する事件が、1956年のスエズ危機だ。
ただし、ここで順番を間違えてはいけない。
スエズ危機によって、ポンドからドルへ基軸通貨が移ったわけではない。
制度としての転換は、すでに1944年のブレトンウッズ体制で始まっていた。
戦後の国際通貨体制では、各国通貨はドルを中心に固定され、ドルは金と結びつけられた。
つまり、世界の通貨秩序は、すでにドルを軸として組み直されていた。
それでも、ポンドにはまだ、かつての帝国通貨としての残像があった。
ロンドン金融市場、英連邦、海上交通、貿易網、植民地時代から続く信用。
ポンドは、形式上はすでに中心から退いていた。
けれど、歴史の中では、まだ完全に過去のものにはなっていなかった。
その残像を、決定的に打ち消したのがスエズ危機だった。
エジプトのナセル大統領がスエズ運河を国有化すると、イギリスとフランスは軍事介入した。
しかし、アメリカはこれを支持しなかった。
ここで露わになったのは、単なる外交上の対立ではない。
イギリスは、軍事力だけでは世界秩序を動かせなかった。
そして、ポンドを守るにも、ドル準備と米国の支持が必要だった。
米国の支持を失えば、イギリスは軍事作戦だけでなく、自国通貨の信認さえ守りきれなくなる。
スエズ危機が示したのは、ブレトンウッズで制度化されていたドル中心体制が、政治・軍事・金融市場の現実の中で、もはや戻せないものになっていたという事実だった。
桃の介:
つまり、スエズ危機で基軸通貨が入れ替わったというより、もう入れ替わっていたことが、誰の目にも見える形で表に出たんですね。
ゆん吉:
そう。
スエズ危機は、ポンドの時代を終わらせた事件というより、ポンドの時代がすでに終わっていたことを見せつけた事件だった。
帝国の通貨から、ドルを中心とする戦後通貨秩序へ。
その交代は、制度としてはブレトンウッズで始まり、スエズ危機で歴史の表面に現れた。
だからこの事件は、基軸通貨の交代そのものではなく、帝国の力、通貨の信用、軍事力、金融市場が切り離せないことを示した象徴だったのだ。
4. ペトロダラー―ドル体制を支えたエネルギーと米国債

ゆん吉:
ポンドの時代が陰ったあと、世界の中心通貨となったドルは、中東と深く結びついていった。
戦後のドル体制をさらに強めた要素の一つが、「ペトロダラー」と呼ばれる仕組みだ。石油取引の多くがドル建てで行われる構造が定着し、産油国の余剰資金が米国債市場へ還流することで、世界のドル需要はさらに強められていった。
桃の介:
つまり、ドルはアメリカ国内だけで使われるお金ではなく、石油を買うためにも必要なお金になったんですね。
ゆん吉:
そう。ドルは、単にアメリカの通貨だったのではない。
エネルギー取引、米国債市場、軍事・安全保障と結びつくことで、世界でもっとも強い基軸通貨として機能してきたんだ。
ここで大事なのは、ドル体制が「信用」だけで支えられていたわけではないということだ。世界中が石油を必要とし、その石油取引にドルが深く組み込まれ、さらに産油国の資金が米国債へ戻っていく。この循環が、ドルと米国債への需要を支えてきた。
桃の介:
石油、米国債、軍事力がつながっているんですね。
ゆん吉:
そう。
戦後のドル体制は、エネルギー取引、米国債市場、軍事・安全保障が結びついた三位一体の構造として強化されていった。
だから基軸通貨とは、ただの便利なお金ではないことがよくわかるね。
帝国の力、資源の流れ、軍事力、金融市場、そして世界中の借金を束ねる仕組みなんだ。
5. ドル体制の現在地―特権と負担が反転しはじめ、そして歴史は繰り返される

桃の介:
でも、ゆん吉さん。
スエズ危機の話を聞いていると、今の中東情勢とも重なって見えます。
場所も、エネルギーも、海上交通も、通貨の信用も、どこか似ていますよね。
ゆん吉:
その感覚は、とても大事だ。
もちろん、1956年のスエズ危機と現在の中東情勢は同じではない。
けれど、中東が単なる「遠くの地域」ではないという点では重なっている。
中東は、スエズ運河、紅海、ホルムズ海峡、石油、天然ガス、安全保障が交差する、世界経済の血管のような場所なんだ。
だから中東の危機は、いつも単なる地域紛争では終わらない。エネルギーの流れ、海上交通、軍事力、そして基軸通貨の信用にまでつながっていく。
スエズ危機が、ポンドと大英帝国の限界を露わにしたように、現在の中東情勢もまた、ドル体制の土台にあるエネルギー、海上交通、安全保障の脆さを映している。
桃の介:
つまり、歴史はそのまま繰り返しているわけではないけれど、同じような場所に、同じような構造のひびが出ているんですね。
ゆん吉:
そう。
よく「歴史は繰り返す」と言われるけれど、正確には、歴史は同じ形では繰り返さない。
ただし、韻を踏む。
時代も、主役も、通貨も、国際秩序も違う。
1956年のスエズ危機と現在の中東情勢を、そのまま同じものとして見ることはできない。
けれど、帝国の力、資源の流れ、海上交通、通貨の信用が重なる場所では、似たような問いが何度も浮かび上がる。
いまのドル体制も、かつてのポンド体制と同じように、永遠に安定しているわけではない。
ドルが基軸通貨であることは、アメリカに大きな特権を与えた。
世界がドルを必要とするため、アメリカは大きな赤字を抱えても、ドルと米国債を発行し続けることができた。
しかし、その特権は、いま負担にもなりつつある。

桃の介:
ドルを発行できる国なのに、苦しくなるんですか?
ゆん吉:
そこが、いまのドル体制の矛盾だ。インフレを止めるには金利を上げる必要がある。しかし金利を上げるほど、米国債の利払いは増え、金融市場も不安定になる。逆に金利を下げれば、負債は楽になる。けれど、インフレや通貨価値への不安が残る。
ブレーキを踏めば、負債が苦しくなる。アクセルを踏めば、通貨価値が揺らぐ。ドル体制は、いまこの板挟みにいるんだ。
6. ドルの危機は、今の通貨システムそのものの危機である

桃の介:
でも、もしドルが弱くなったら、別の通貨が基軸通貨になればいいだけではないんですか?
ゆん吉:
そこが一番大事な問いだ。
仮にドルが弱まり、別の通貨が基軸通貨になったとしても、その通貨が同じように国債、銀行信用、利息に支えられた仕組みであるなら、問題の中心は変わらない。
世界はまた、別の中心通貨のもとで、「もっと借りる」「もっと成長する」「もっと返す」を続けることになる。
問うべきなのは、「どの通貨が覇権を握るか」ではない。
借金に依存したお金だけで、人が安心して生きる社会の土台まで支え続けられるのか。
これが、第3部の問いである。
7. 今の通貨の仕組みは、人の生き方まで「返済」に変えていく

ゆん吉:
ここまで見てきたのは、国家や市場の話だった。
けれど、ドルや円に限らず今のお金が作られる仕組み、即ち借金からお金が生まれる仕組みの影響は、帳簿の中だけにとどまらない。
本来、人間が安心して生きるための土台は、親が子を育てること、地域で困った人を助けること、誰かの失敗を一度受け止めること。
こうした「贈与(見返りを求めない助け合い)」にあるはずだ。
しかし、生存に必要なすべてが、利息を伴う借金に紐づけられたお金で回るようになると、私たちの精神までもが「負債化」してしまう。
桃の介:
精神の負債化……?
ゆん吉:
「何かをしてもらうには、必ず対価(返済)が必要だ」「成長し続けなければ、存在してはいけない」という強迫観念だ。
この仕組みは、私たちから「ただそこにいていい」という安心を奪い、常に未来の支払いのために今日を犠牲にさせる。
今のお金が作られる仕組みは、この「返し続けなければならない文明」そのものの限界点でもあるんだ。
8. 結論―今の仕組みを全否定するのではなく、土台を分ける

ゆん吉:
この通貨の仕組みは、投資や成長や危機対応には強い。
未来の生産力を先取りし、大きな事業を動かし、危機のときには社会を支える力を持っている。
しかし、人が安心して生きる土台まで、すべてをこの仕組みに委ねると、社会は常に「もっと借りる・もっと成長する・もっと返す」に追い立てられる。
限界にぶつかったとき、帳尻合わせは、物価上昇や通貨安、実質賃金の低下として生活の中に現れる。
桃の介:
つまり、必要なのはこの仕組みをなくすことではないんですね。
ゆん吉:
そのとおり。
私はそう思うのだ。
投資や成長は、今の通貨の仕組みが担えばいい。
けれど、人が安心して生きるための土台まで、すべてに「返済」の論理を背負わせてはいけない。
生存と日常の土台は、別の原理で支える必要があるんだ。
第10話であふれた「0」は、単なる数字ではなかった。
それは、借金によってお金を生み、さらに大きな借金で包み直してきた世界の姿だった。
そしてその先に必要なのは、もっと大きな「0」ではない。
人が安心して生きられる土台を、負債とは別の原理で支えることなのだ。
参考文献
・Barry Eichengreen, Exorbitant Privilege, Oxford University Press, 2011.
・Barry Eichengreen, Globalizing Capital, Princeton University Press, 2008.
・Charles P. Kindleberger, The World in Depression, 1929–1939, University of California Press, 1973.
・James M. Boughton, “Was Suez in 1956 the First Financial Crisis of the Twenty-First Century?”, IMF, 2001.
・U.S. Department of State, Foreign Relations of the United States, 1955–1957, Volume XXVII, Suez Crisis.
・Brad W. Setser, “Petrodollars: Myth and Reality”, Council on Foreign Relations, 2026.
・David E. Spiro, The Hidden Hand of American Hegemony, Cornell University Press, 1999.
・U.S. Department of the Treasury, “Debt to the Penny”, Fiscal Data.
・Congressional Budget Office, The Budget and Economic Outlook: 2026 to 2036, 2026.
・Hyman P. Minsky, Stabilizing an Unstable Economy, Yale University Press, 1986.
・David Graeber, Debt: The First 5,000 Years, Melville House, 2011.
・Michael Hudson, ...and forgive them their debts, ISLET, 2018.
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