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「好きを仕事に」という言葉に振り回されまくった私が「適切」という名のマットレスに気付いた話

「好きを仕事に」ってなんだろうね?

ここ数年ずっと考えていること。

ネットには「好き!」を仕事にした人がたくさんいて、その人たちはこう言う。

「好きを仕事にしたら、毎日が楽しくて仕方ありません。好きなことをして生活しているから仕事って感じがしなくて、仕事とプライベートの境目がなくなりました。毎日朝起きるたびワクワクしています!」

で、こういう発信をしている人を見て「ステキ!私もそうなりたい!」って同じ道を進もうとする人もいれば、

「ステキだけど私はそうなれないしな…」とため息をつきながらSNSを眺める人もいれば、

「好きを仕事にってそんな甘いもんじゃねーよ。事情があったりお金や能力の問題なんかで、好きを仕事にできない人間もいるんだよ!」と怒る人もいたり、さまざま。

私はというと、現在SNS発信歴7年目。2018年からネットの世界に飛び込み、オンラインサロンに入会し、色んな人と知り合って色んな経験をした。

本業はフルタイム会社員の事務員で、2020年ごろから複業にも挑戦していて、年間5~60万ぐらい?を稼いでいる。(額は年によってまちまち)

複業はフリーランスの人たちと一緒に働いてるので「好きを仕事に」した人たちは身近にいる。Xでフォローしたりされたりしている人たちも、そういう「好きを仕事に」勢の人が多い。

一方で本業はごく普通の会社の会社員なので、いわゆる「仕事は食べるため」勢の人達と一緒に働いている。つまり私は日々「好きを仕事に」勢の人達と「仕事は食べるため」勢の人達との間を、行ったり来たりしている。

「仕事は食べるため」勢の人達は基本「好き」で仕事を語らないし、逆に「好きを仕事に」勢の人達は「好き」を軸に仕事を語る。

で、こういう環境にいると嫌でも「好きを仕事に」ってなんだろうね?という問いが頭に浮かぶ。

好き、嫌い、得意、苦手、できる、できない、稼げる、稼げない…世の中には色んな判断基準があって、長年頭の中が煮詰まったごちゃ混ぜスープみたいになっていた。

が。最近、頭の中にひとつの解が降りてきた。

それは「適切」という判断軸だ。

この「適切」って何かというと、「好きとかよりも、これが適切である」という感覚のこと。

なんでこの適切という感覚が降りてきたかというと、最近家具選びのために頻繁にインテリアショップに通っていて、そこで色んな家具を選んでいると、私は「好き」と「適切」で家具を選んでいるということに気付いたからだ。

「好き」はつまり、家具に一目ぼれしたとき。片付け本で有名なこんまりさんでいうところの「ときめき」ってやつ。「なんて可愛いソファー!この素敵なソファ、部屋に置いちゃう!?」みたいな、ときめき100%の気持ち。

「適切」は、例えばベットのマットレスみたいなもの。「うん、まあこれが適切だな」ぐらいの、落ち着いた感情。もちろんマットレスにも「これは柔らかすぎて好きじゃないな~」といった「好き・嫌い」の気持ちはあるにしても、その感情はときめきとはちょっと違う。しっくりくるものを選ぶ、という感覚。

好きで一目ぼれしたソファは、家に迎え入れた後も「は~ときめくわ~買ってよかった~座るたび幸せ~」となる。一方でマットレスにそこまでの感情はないにしろ、「うん、硬さもちょうどいいな。しばらく使ってみたけど腰も痛くないし、しっくりくるわ」といった気持ちにさせてくれる。

ここ数ヶ月、インテリアショップでこの「好き」と「適切」の2種類の選び方をしているうちに、「これは私の仕事の選び方にも近いものがあるのかもしれない」と思うようになった。

というのも、私は本業を「好き」で選んでいない。

がしかし「適切」で選んでいるのではないか?と。

私は営業マンを補佐する事務員を20年以上やっている。ただ事務職は、就職氷河期時代に「まあなんとかこれなら…」と消極的な動機ではじめた仕事で、「一応出来るし実際お金も貰えているけど、天職かと問われたらイエスとは言えないような…」と、モヤモヤしたまま働いていた。でも会社自体は好きだし、人間関係もいいし、やりがいもある。毎日「あ~連休まだかなあ」とぼやきつつも、けっこうご機嫌に働けている。

だからずっと、「好きを仕事にしたわけじゃないのに、同じ会社で20年以上も働き続けられるって、どういう状況???」って疑問だった。

「もしや私は自分の気持ちをごまかしてるだけで、複業やってみたら『私はほんとはこれがやりたかったんだ!好きを優先させたい気持ちを押し殺してただけだった!自分にウソをついてた!!』ってなるのでは…?」と思っていた。で、実際いろいろ複業をやってみた。

が、別にそんな気持ちにならなかった。気持ちを押し殺しているわけではなかった。本業に対する気持ちも変わらなかった。

え…そうなん??と自分でもびっくり。

ただそこからさらにびっくりしたのは、「じゃあ実は本業が好きってことね!それなら複業はやめよっと!」という感情にもならなかったということだ。

実際ここ3~4年、本業と複業を並行して続けているし、稼働時間の差はあれど、どちらも注いでいる熱量は同じ。そしてその生活がしっくりきている。

え…なんなん自分。どっちなんよ、ほんま。

とずっと自分の頭の中に「???」って、でっかいハテナマークが浮かんだままだった。

でもこれ、私の中で本業はいわゆる「マットレス」で、複業は「ソファ」なんじゃないかと思った。

本業は、素敵なソファに感じるような、キャー!好き!!みたいな気持ちはなくとも、身体をしっかり支えてくれるベッドのマットレスに価値を感じているように、「適切」で選んでいるのではないか?と。

ネットの世界では「時間と場所にとらわれたくないからフリーランスになりました!」という人が多い。

確かに私も朝が弱いから会社のある平日は「うう…もう少し寝ていたい…」となって、「今日が休みならいいのになあ」と思うこともある。でも実際、毎日休みで好きな時間に好きな場所で働くことは、私にとって「適切」じゃないんだよなあ、と思う。

というのも私は「毎日、環境やルーティンが同じ」ことにものすごく安心を感じるタイプ。時間も場所も人間関係も「いつも違って刺激的!毎日が新鮮!」みたいなことをまったく求めない。刺激よりも「いつもの」が好き。

だから眠くてベッドから起き上がれない朝に「今日が休みならいいのになあ」と思ったからといって、実際フリーランスになって毎日自由になってしまうと、環境やルーティンが崩れて「適切」ではなくなる。自由すぎる毎日は、私にとっては不自由で、適切じゃない。

会社に行かねばならない、という強制力が私の毎日を律しているし、生活のリズムを整えてくれる。会社で20年以上、関係を育んできた「いつものメンバー」がいるから、毎日笑顔で働けている。仕事を「好き」では選んでいないけど「できる」でお金を稼いで、それが私の自尊心を満たしてやりがいをもたらしてくれている。

これが、今のわたしの、適切。会社は私の土台を支える、マットレスなんだと思う。

ただ、部屋に遊びに来た友人から褒められるのはソファの方だったりするように「好き」は他人からはわかりやすく「素敵」に映る。一方、ベッドのマットレスを「このマットレス、素敵~!」と言われることはあまりない。

だからといって、ソファに比べてマットレスの価値が低いというわけではない。好きでときめくソファも必要だけど、毎日の睡眠を快適にしてくれるマットレスだって同じぐらい必要だ。

別にどっちがエライとかスゴイとか価値があるとかじゃない。同じ部屋にソファもあればマットレスもある。好きと適切は両方あっていい。そしてその割合は人によって違うから、自分で好きに設定すればいい。

家具の話だと「うん、そりゃそうだよね」となる。ところが仕事の話になると「ソファとマットレス、どちらを買うべきか!?」と一択クイズみたいになる。

ネットで「会社員 VS フリーランス」の対決もよく見かけるし、「好きを仕事にするべきだ!」とか「いや好きはお前の主観だろ!お金が発生する得意なことをするべきだ!」とか「いや仕事はガマン代だ!嫌なことでもするべきだ!」とか、色んな判断基準がごちゃまぜになって対立構造を生んでいる。

私も今まで自己分析の本とか自己啓発本とかを読み漁ったり、セミナー行ったり講習受けたり、そういう中でよく言われる「好き」「嫌い」「得意」「苦手」「できる」「できない」「稼げる」「稼げない」これらをごちゃ混ぜにしながら正解を探していた。でも色んな判断基準がありすぎて、「で、結局どうすりゃいいの?」と答えが出ないまま。

でもそこに「適切」という判断基準を加えたら、ちょっと頭の中が整理された感じがした。

私は本業の会社を「適切」で選んでいる。そして複業では、自分の中の「好き」や「得意」を、仕事をしながら探させてもらっている。こっちはまだ本格的にやりはじめて3年とかだから、この「好き」はどうやって育っていくのか、そしてその「好き」をどのぐらいの割合で増やしていくのか、模索中だ。

ネットには「好きを仕事に」が溢れすぎてて、その人達の熱量が高すぎて、「私は会社員という安定した生き方を失いたくないだけなのでは?自分の気持ちをごまかして生きているのでは…?」と悩んだ時期もあった。特にネットは黒か白かの両極端な思考の方が好まれるから「お前はどっちなんだよ、ああん?」と責められてるような気もした。複業をやってみたらやってみたで、今度は「本業を辞めずに複業を兼業でやっている自分は中途半端なのでは…?」と悩んだこともあった。

でも別に、会社員でもフリーランスでも兼業でも、どれが正しいとかすごいとかないんだと思う。「適切」スタートの仕事も、「好き」スタートの仕事も、お金を貰うだけの価値を提供する、それだけのこと。

会社もネットの世界も、別にどこの世界だって同じ。そしてどこかに絶対的な正解があるわけでもない。「会社員かフリーランスか!自由か不自由か!?」みたいな二極対立の構造で考えなくてもいいんだよな、と今の私は思っている。

ちなみに私は「時間と場所にとらわれたくないからフリーランスになりました!」「やりたいことにすべて時間を使うために独立しました!」という、100%好きを仕事にした人の発信を見るのも大好き。純粋にそういう人を素敵だと思うし、応援したいし、勇気づけられる。ただ私にとっては、そっちの道じゃなかった、というだけのこと。

自分の人生という部屋にどれだけの割合でソファ的なものを置くか、マットレス的なものを置くかは、人によって違う。そして何をソファと定義するのか、マットレスと定義するのかも、人それぞれ。

これからソファとマットレスをどの割合で置いていくのか、増やすのか減らすのか、私自身もわかっていない。でも会社を定年退職するときは、適切という名の大きなマットレスを処分することになるしな、とも思う。その頃には自分の部屋の景色がどんなものになっているのか、今から楽しみ。

できるだけほっとして落ち着ける、居心地のいい部屋になってるといいなあ。

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