ネオン少女 冬
冬
年末。クリスマスも終わりすっかり正月ムードの世の中で、寒くなった室内には炬燵を置いて僕は暖を取りながら夕方のテレビを観ていた。この間までクリスマスムードだったのに切り替えが早い番組はすっかり年末の特番がどのチャンネルも占拠している。クリスマスにいつものメンバーで集まって僕らのうちでクリスマス会をした。それぞれ三千円分のプレゼントを持ち寄って、短めのクリスマスソングを流し、一曲終わったところで手元にあるプレゼントをもらった。年末にまた集まろうと言って解散し、今日の夜十一時三十分に神社前に集合することになっている。早めに風呂を済ませて、軽めの夕食を取る。夜十時頃には早めの年越しそばを食べて、防寒対策をして神社に向かった。
人であふれている神社付近で、特定の誰かを見つけることは一苦労だ。連絡を取り合いながら、安藤たちがいるところへと誘導され、神社の階段下で安藤たちを発見した。
「おーい、こっち。」
「あ、いた。」
手を振っている人物は間違いなく安藤だ。僕らは彼らの方へ向かって歩くが、その間を何人も横切っていく。直線距離では近い位置なのに、避けながらでは思ったよりも少しだけ時間がかかった。
「今、全然来れなかったね。」
「ね、めっちゃ横切ってた。」
周りから見ると、僕らがおろおろと向かってくる様子は滑稽に映ったようだった。
「年末の笑い納めだわ。」
そう言いながら近藤さんと中村さんは先ほどの一連の流れが面白かったのか、ツボに入
ったのか、引き笑いを交えて爆笑している。
「じゃあ行こ。」
「そうだね。」
僕らは階段を上り、神社の境内で今年を少し振り返った。
「俺コタが誰かと住むなんて思わなかった。聞いたの夏だったけど、もっと早くに教えてくれてたら海とかいっしょに行けたのに。」
「特に言う必要も感じなくて。」
「なんだよー。」
「でも、佳夜さんと知り合えてよかった。」
「初めに一緒に飲んだ時は予想外のことがいろいろ起きて大変だったけど。でもその後
ちょくちょく飲んだり、クリスマス一緒にしたり、こうして年末一緒に過ごしたりこの時間がもっと長く続けばいいのにって思う。けど、私らもう卒業だからさー。」
「もっと早く仲良くなりたかったよね。」
「そうだね。」
「ねー、卒論どれくらい進んでる?俺まだ半分くらいあるんだけど。」
「僕もう終わるよ。」
「え、じゃあコタ手伝ってよ。」
「やだよ。」
「もっと早くからやってなかった自分が悪いんじゃん。自業自得だよ。」
「あぁー、もっと早く取り掛かってればよかった。」
「コタ君もう終わるの?そういえば最近ずっとパソコン触ってるなって思ってたけど、
あれ卒論だったんだね。」
「そうそう。頑張ったからもうまとめだけやれば終わる。」
「提出いつだっけ?」
「十三日。」
「え、私の学科七日なんだけど。」
「まじか、頑張れ。」
「もう終わってるけどね。」
「なんだよ。」
「学科によって違うんだね。」
「まぁ、ゼミの先生によって違うんだろうね。」
「卒論終わったら、あとは卒業式か。」
「コタいつ引っ越す?地元帰るんでしょ?」
「うーん、まだ決めてないけど、もう決めなきゃなー。」
「お前は?」
「俺卒業したら福島の実家戻って、そっから会社通う。」
「あぁ、最初は実家から通ってって言われたって言ってたな。」
「そう。」
「お前は?」
「俺地元東京だから、ゆっくり探す。」
「そっか。」
「近藤さんは?」
「私は地元で就職だから早めに地元に戻って、実家で就職先近くに住むとこ探しながら
卒業式の前日に茉優ちゃん家に泊まらせてもらって学校で着付けしてもらって卒業式に出る。」
「じゃあ、早めに引っ越すの?」
「そう、三月とか四月は引っ越しシーズンで予約取りにくかったり料金高くなったりす
るみたいだから。」
「マジ?早めのがいいのかな?」
「分かんないけど、私はそうする。」
「中村さんは?」
「私は実家だから。」
「そっか、元々実家からだったね。」
「皆ばらばらだねー。」
「そうだね。」
「安藤は福島で、俺と中村さんは東京、近藤さんは埼玉でコタは福岡か。」
「コタだけ遠いな。」
「そうだね。」
「でも卒業してもまたみんなで集まろうな。」
「うん。」
「佳夜さんも。」
瞬がそういうと佳夜さんはそっと微笑んだ。
「今何時だ?」
スマホで時間を確認すると、すでに時刻は十一時五十八分を回っていて、いよいよだとすこしワクワクした気持ちで顔を見合わせた。
安藤は一分前からカウントし始めた。
「カウントするの早すぎだろ。」
「いや、今年を終えるのに一分前からじゃ遅いくらいだ。」
「なにそれ。」
すでに三十秒前で、周りの人もスマホを取り出して秒数を気にし始めた。
「10・9・8… 。」
誰かが言い始めたカウントダウンに合わせてここに居合わせた人がみんなでカウントダ
ウンをし始めた。
「3・2・1。」
「ハッピーニューイヤー。」
「あけましておめでとう。」
みんなが口々に、新年のあいさつを言い出した。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
「あけましておめでとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします。」
変に丁寧なあいさつを交わす安藤と瞬を見ながら、
「あけましておめでとう。」
「今年もよろしく。」と言いあった。
神社に参拝する列に並んで五円を投げ入れ、おみくじを引いた。
僕と近藤さんは末吉だった。瞬と佳夜さんは吉で、中村さんは中吉、安藤は大吉だった。
「よっしゃ、俺大吉― 。」
「おぉ、すげー。」
僕たちはおみくじを結び、神社でふるまわれる甘酒を飲みながら、
「この後どうする。」と
安藤が聞いた。
「初日の出でも見る?」
「どこで?」
「今から海まで行くのは面倒だからコタん家でいいんじゃない?」
「いい?」
「いいよ。」
階段を降りて俺の家へみんなで向かった。アラームを六時に設定し、俺たちは暖房をつけた部屋で女子はベッドで、男子は床に敷いた一組の布団で雑魚寝をした。アラームが鳴って、僕は部屋の電気をつけた。辺りはまだ暗くて、まだ日が昇るには早すぎるような気がした。
「もう六時?」
「そうだよ。」
「ねみぃー。」
「なんか食べるもんコンビニに買いにいこうぜ。」
「私らも行こうか?」
「いや、俺らが言って来るからゆっくりしてていいよ。サンドイッチとか、おにぎりでいい?」
「あたしツナマヨがあったら買ってきてほしい。」
「わかった。他に何かいる人いる?」
「なんでもいいよ。」
「じゃあ、適当に買って来るね。」
僕と瞬がコンビニへと買い出しに行った。コンビニへと向かう道で、瞬が僕に言った。
「佳夜さんとこれからどうするか決めた?」
「え?」
「引っ越しのタイミングとか色々。」
「まだきめてない。」
「佳夜さんも部屋探したりとかあるだろうから早めに話し合った方がいいんじゃない?」
「そうだよね。」
腹ごしらえに買ってきたものを食べ、テレビをつける。テレビに出てくる時計を見ながら、四十分ぐらいになったらベランダ見てみようと言った。部屋のベランダで朝日を見
る。女子はブランケットや毛布を肩にかけていた。
新しい年の夜明けをみんなで見つめた。今年最初の光を全身に浴びて、僕たちはそれぞれの進路への旅立ちをどこかほんのり感じていた。
終わりの始まり
卒論提出の解放感からしばらくして、そろそろ引っ越しのことも考えなければならない時期になった。
「僕はそろそろ引っ越しの準備をするけど、佳夜さんはどうする?」
「どうしようかな。」
「あのさ、ちょっと考えたんだけど、一緒に福岡に行かない?」
佳夜さんは少し驚いた顔をした後、微笑み
「いかないよ。」
と言った。
「だよね。」
「あのね、多分私どっか心の中で期待してるんだと思う。ここにいれば、いつか家族に迎えに来てもらえるんじゃないかって。」
そう言って佳夜さんは家庭の事情を話してくれた。
親の離婚。双方の再婚。居場所のない佳夜さんと親から与えられた家。一人で食べる生命維持の味気ない食事。誰も心配しない環境。
母は再婚相手と共に北海道に行き、義理の両親の介護をしていて年の離れた異父兄弟がいること。父は京都で再婚相手の連れ子と異母兄弟と暮らしていること。
不自由ないようにと与えられる毎月のお金。
母は北海道。父は京都。それぞれの新しい家族。
佳夜さんは両親の今の住所は知らないらしく、この東京に残された家で誰かが会いに来てくれるんじゃないかと待ち続けていたらしかった。
でも、広い家に1人でいることが寂しくてルームシェアを始めたこと。
「わかってる。2人は私を捨てたんじゃなくて自分の幸せを選択しただけだって。でも、私にとっては大切な両親だったんだよね。私はその幻想に固執してるだけってこともわかってる。でも、あの家にいつでも帰れる距離から離れると私は本当に1人ぼっちになる気がする。だから私は東京に残る。だから春にはお別れだね。誘ってくれてありがとう。ごめん。」
佳夜さんは僕がこの家を去る時、1人暮らしのあの家に戻ると言った。
それから時が経つのは早かった。
お世話になったバイト先を辞め、引っ越しの準備をして、取り敢えず実家に荷物を送る。ベッドや家具は後輩にあげた。残ったのは郵便で送れるくらいの量で、二人で荷物を持って郵便局で荷物を送った。最後の荷物を送り、帰ってきた何もない部屋の真ん中で、僕たちは出会ったばかりの時の様にサイダーで乾杯した。
「会ったばっかりの時の千夏さんの家思い出すね。」
「あー、たしかにこんな感じだったね。」
「あの時はダンボールだらけだったけどね。」
「私、コタくんとの生活楽しかったよ。」
「僕も楽しかった。」
「本当にありがとね。一緒にいてくれて。」
「こちらこそだよ。」
「いよいよ明日だね。」
「早かったね。」
「本当に今までありがとうございました。」
「こちらこそありがとうございました。」
そう頭を下げ合って、笑い合った。
その日、僕たちは硬い床の上で寝て、次の日の朝部屋を退去した。
「じゃあ、もう行くね。」
「うん、バイバイ。」
「バイバイ。」
キャリーケースと段ボール一つを抱えて、手を振っている彼女に背を向けつつ、振り返っては手を振った。
マンションの前。あまりに呆気ない別れだった。
またいつでも会えるような、そんな別れ方。
しかし、僕と彼女はもう2度と会わないんだろうなと思った。
僕は彼女の淋しさに何かしてあげられたわけじゃない。けれど、僕と暮らした間の君の笑顔が本物だったと信じたい。僕といた約一年。ほんの少しでも救われた瞬間があったのかを考える。なかったかもしれない。けど一瞬くらいはあったんじゃないかと思いたい自分がいた。きっと彼女は連絡先を消すのだろう。人間関係をリセットして前に進んでいくんだろう。
二人で暮らすようになり、お邪魔しますがただいまに変わった。おかえりと当たり前のように言える関係になった。限りある声の中で、どれほどの言葉を君に届けることができたのだろう。
バイト先と、サークルのみんなに別れを告げてまわり、高速バスに乗り込んだ。
そして、高速バスはあの日彼女と一緒に海まで行った道のトンネルを通った。
あの日は高揚感に満ちていたこの道も、今では物悲しさを助長させるだけ。
2人で見た映画を観て、暇つぶしをする。
外は走っているうちに暗くなっていた。
昼間は車通りの多い幹線道路を夜中に高速バスの中から見下ろして、静かな闇と休息を取っている道路、明かりの消えた家々の寝息を想像する。
誰も居ない商店街、誰もいない街、誰も走っていない道路。
黒い布にきらきらひかる極彩色のビーズが散りばめられたような夜景が広がる。マンションの規則正しい光の列は光る真珠の珠たちが滝のように流れているみたいだ。
コンタクトレンズを外した目で夜景を見ると丸いぼんやりした大きな光が花火のように打ち上がる。赤、緑の花火は信号の光、上の方を見上げるとみえる柔らかいクリーム色の光はきっと電柱の蛍光灯。流れている光の列は車のライト。目の前の赤い光の大群はブレーキを踏んだ信号待ちの車たち。暗い空間にたくさん見える花火に少し感動して、車のスピードに合わせて光の花火は流れていく。
高速道路沿いの家の明かりから浮き出る人影。あの明かりの灯る箱の中には生活があるのだと思う。そこで暮らす人の生活を想像すると想像できるのは青春がテーマの映画やドラマに出てくるようなちょっとお節介だけど優しいお母さんと無口そうなお父さん反抗期の供とかありきたりを想像してしまう。実際はもっと悲惨かもしれないのに。
高速道路から街を見下ろすと、街頭がなく、田んぼや森で囲まれた闇が広がっている。しばらくすると、たくさんの光が集まり、きらめいている場所が出てくる。大通りなのだろうか、たくさんの車の光が流れる道が現れる。
僕は彼女を肯定しながら話を聞こうと努めてきたように思う。しかし、それは本当に彼女を肯定していたのだろうか。そもそも、彼女は肯定を求めていたのだろうか。彼女の言葉を肯定しても彼女自身を見つめて肯定できていただろうか。僕は彼女を肯定するという事が目的になって知っていて本当の彼女を蔑ろにしていたのではないだろうか。
今になってはどうすればよかったのかなんて、もうわからない。
全ての物事に終わりがあるように、佳夜さんとの関係にも終わりがある。彼女のことを、今日見た夢を忘れてしまうように、簡単に忘れてしまえるならよかったのに。
彼女と過ごす時間の中で、この平穏な幸せが永遠だったらいいのになんて考えていたけれど、終わりがすぐそこに見えるからこそ幸せと感じれていたんだろうなってことに気付いた。分かっているけど、もう少し、あと少し続けばいいなと思っていた。
頬を涙が伝っていく。あの時、彼女が鍵を忘れなければ、僕らは出会うこともなかっただろう。あの時、僕が連絡先を聞かなかったら、彼女と暮らすこともなかったのだろう。
全てはほんの偶然で、重なり合って結果になる。
その幸せもすでに過去になってしまった。過去はもう取り戻せない。いくら未練があれども、僕らはそれぞれ選択をした。
だからもう進むしかない。
数日後に消えてしまった連絡先とトーク画面。残っているのは写真と動画だけ。写真も動画も自分が忘れてしまった自分を覚えていてくれる。彼女が幻じゃなかったという証拠はこれだけ。僕はもう彼女との連絡手段はない。あの時間が夢のようで、一緒に暮らした約一年が幻の様で、僕はその一年をこの先何度も思い出すことになるだろうと思った。
あれから何年も経ったのに、今でも生活の端々に彼女の影を見てしまう。
僕はきっとあの時から彼女に捉えられてしまったのかもしれない。
彼女の幻を、街の中でも、買い物中の隣でも、夏の街灯の下でも、見てしまう。
彼女は繊細で触ると消えてしまう雪のような存在だった。
一緒に歩いた街中のネオンの光の中に溶け込んでいってしまいそうな。
それでいて目が離せない彼女自身がネオンのような。
女性と少女を行き来しているような、そんな子だった。
薄暗い、けれどまだ完全には沈み切っていない薄い夜のベールを被った空を見ながら家路につく。
ベランダで、コンビニで買ったビールを飲みながら大学生の時の生活を思い出す日々。
目を閉じると、あの時水彩絵の具で瞼の裏にほんのり描いた儚い幸せの幻は欠伸の涙に滲んでしまって、溶けて一緒に流れていった。
あの時、一緒に食べたドーナツ。僕は地元のメリーゴーランドのあるドーナツ屋のチェーン店があると言ったことを思い出していた。そして、その時彼女と飲んだメロンソーダの事も。
せっかく思い出したからと、次の休みの日にドーナツ屋に行くことにした。彼女が頼んでいたオールドファッションと、クリームの入ったドーナツとメロンソーダを注文する。
炭酸のように簡単に弾けてしまった淡い泡のような記憶を思い出しながら僕はドーナツを一口頬張った。
もう会うことのない、記憶の中に存在している少女。
君は僕が記憶の明かりをつけないと出てこない少女になってしまったね。
僕はきっと永遠に君のことが忘れられないだろう。
僕の中のネオン少女へ。
終わり
