オディロン・ルドン展———光の画家について
こんにちは!ぼくです。
オディロン・ルドン展に行ってきたので早速感想を書きたいと思います。
結論から言うと非常に満足度の高い回顧展でした。元々ルドンの画風が好きなのもあるかもしれませんが、ルドンの人生を追体験する形で濃密な時間を過ごせました。

開催概要
会期 2025年4月12日(土)~2025年6月22日(日)
会場 パナソニック汐留美術館
適当なことを言いますが、このルドン展、美術に対して特別興味がない人でも十分に楽しめると思います。無論、美術に触れてこなければルドンの名前を聞いたことのない人も多いと思いますが、この画家は魅力満点です。今回ルドン展を開催しているパナソニック汐留美術館は都内の他の美術館と比べて比較的小さい方なのですが、毎回工夫された展示で私は非常に気に入っています。
特に今回のルドンの描いた花の絵の展示は素晴らしい。青い展示室で息を吞むような美しい色彩豊かな花が咲き誇る別世界が、小さな美術館に存在しているのです。
どうです?行きたくなりましたか?
さて、私の素晴らしい文章表現に読者様方が思わずうっとりしたところで話を進めていきたいと思います。
オディロン・ルドンとは?
かくいう私も最近までルドンについて詳しくは知りませんでした。というわけで、手短にルドンという画家について掘り下げてみましょう。
わくわく
ルドン (Odilon Redon, 1840年–1916年)フランスの象徴主義の画家・版画家

生まれはフランス南西部のボルドーです。(ワインで有名なあのボルドーです)自然をこよなく愛する幼少期だったそうです。
美術史的には象徴主義の文脈で語られることが多いようですね。象徴主義とは簡単に言えば、現実的な描写を避け内面世界や神秘的なものを表現しようとしたスタイルになります。
ルドンと同時期の画家として印象派の画家たちが挙げられます。(特によく引き合いに出されるクロード・モネはなんと生まれ年が同じ!)
が、現実の一瞬を捉えるような印象主義とルドンのような象徴主義的なスタイルは対を為しているように見えますね。
オディロン・ルドン展
さて、本題の企画展の話に参りたいと思います。今回の展示は全作品撮影NGとなっておりますので、ネット上の画像を使わせていただきます。
気になった方はぜひ本物を見に足をお運びください。
長ったらしく語るのは私の流儀に反するので、主要な作品について独断と偏見と愛と熱量で語ります。
初期のルドン(1860~1890年代前半)
今回の展示は回顧展さながら、ルドンの人生を覗き見るように、彼の絵画作品の変遷を見ることができます。
初期の代表作、ルドンの作品で最も有名かもしれません。
「目は奇妙な気球のように無限に向かって浮かぶ」(1878年)です。

ええ、不気味ですよね。わかります。「黒の画家」とも評されていたルドンの真骨頂、モノクロの木炭画です。所謂先ほど触れた象徴主義のような性格が見て取れると思います。幻想的な内面世界を可視化させたような作品。
ここからは自由に考察してみましょう。こうした語りつくされていない絵は鑑賞者による考察の余地が大いに含まれています。
気球が発明されたのはフランスで、ルドンの生きる時代には気球ブームが起こっていたそうなので、気球への関心みたいなものも伺えますが……
気球に目がついていて、頭が乗った皿を運んでいる…。
気球は眼球そのもの、眼球はしばしば「知性」と結びつけられます。未知なるものへの探求心。皿に乗った頭部は洗礼者ヨハネを思わせますが、一旦無視して意識そのものと解釈してみます。そして空。当時の空は現在よりも未知で神秘的に映っていそうなものです。つまりは「知性」なる眼球を持った気球が意識を意味する頭部を乗せて、現実的な海を越えて、未知なる空へと飛翔していく。意識的から無意識的へ、現実から超越した世界へ。そのようなメッセージが読み取れないでしょうか。
時代的に産業の発展が目覚ましい背景がある。止まない知的探究心とただ昇り続ける気球。どうです?なんかそれっぽいですね。
と、こうした独りよがりな解釈も可能です。この作品について気になった方は深く調べてみても面白いかもしれません。多種多様な解釈が見られると思います。
(あと普通に企画展でこの絵の解説もされていた気がしますが、写真撮れないのですべて忘れました。もしかしたら遥かに説得力のある解釈が載ってたかもしれません)
中期のルドン(1960年代後半)
では次の作品、当展覧会ポスターにも登場する「神秘的な対話」(1896年)です。

ええ、画風変わりすぎですよね。わかります。中期のルドンはモノクロの構成から離れ、色を使い始めます。画材も木炭からパステルや油彩に移行しています。実際、ルドンは次のような言葉を残しています。
「私が少しずつ黒を見捨てているのは本当です。ここだけの話ですが、それは私をくたくたにさせるのです。」
かつては最も尊重していた「黒」がこの頃にはある種の嫌悪感まで抱かせています。「黒」で表現したいものはすべてやり切ったのか、「黒」の限界を感じたのか。
背景としてはどうやら息子の誕生が関係しているようです。やはり精神的には家族の存在は大きいですね。
「神秘的な対話」の話に戻ります。タイトルの通り何やら神秘を感じさせる絵です。どこともわからない空間。神秘的な空に浮かぶようにして神殿のようなものがあり、そこには二人の女性。足元には色とりどりの花が見えます。言ってしまえば右の女性が聖母マリア、左が洗礼者ヨハネの母でその二人による対話であり、一種のキリスト教絵画なのです。ですが、ここでは主題を一旦置いておいて、この絵に対する感覚的な美を訴えたい。
いやはやなんと美しい絵であろうか。白黒の陰鬱な絵を描いていた人の絵とは思えない。スタイルとして幻想的な世界を描いているところは一貫しているが、色彩が躍るような絵だ。ルドンはこうした画風の変遷が分かりやすい、そして精神的で不気味な世界も色彩溢れる神秘的な世界も網羅している非常に稀有な画家なのである。最初に美術に特別関心のない人でも楽しめると書いた理由がここに詰まっているのである!!!!
後期のルドン
堰を切るように筆を走らせていたので私は完全に疲れ切ってしまいました。よって後期のルドンについては割愛します(???)
美術館に足を運んで見てね!
終わりに
深夜の勢いで書き上げてしまいました。なので語尾は統一されていないし、間違っている表現も多々見られるかもしれませんがそこはご愛嬌ということで不躾な私をお許しください。
ルドンについて書きたいことはまだまだたくさん出てきますし語り切れません。ですが、魅力は伝わったと思います。ぜひルドンに会いに行ってみてください。幻想を司る巨匠が貴方を待っています。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
また会いましょう。
あとフォロワー少なすぎて寂しいのでよろしければ! ね!
