工場戦士:Episode6「初めての現場体験」
検査ラインの現場観測
ある日の午後、敏夫は久間から声をかけられた。
「佐藤、来週、薄板工場のリコイリングラインの観測作業を行う予定だ。手が空ているなら手伝え。」
リコイリングラインとは、薄板コイルの品質検査を行う製造ラインのことである。薄板コイルは製鉄所で製造される鋼板を巻き取ったもので、自動車などの部品に使われる。その品質を確かめるためにリコイリングラインで検査を行うのだ。
「桑田、佐藤に観測方法を教えてやってくれ。」久間が指示を出した。
桑田は敏夫に説明を始めた。「観測方法はタイムスタディと呼ばれる手法を使う。これは、作業の完了時刻を記録し、最後に集計する方法だ。連続して観測することで、どの工程にどれだけの時間がかかっているかを把握するんだ。例えば7:00に観測を開始し、Aという作業が7:05に完了、Bという作業が7:15に完了したとする。すると、Aという作業は5分かかったことがわかり、Bという作業は10分かかったことがわかるだろ」
「観測方法はわかりましたが、どうやって記録するんですか?」敏夫は尋ねた。
「ストップウォッチと、紙の記録用紙を使ってやるんだ。練習がてら、事務所にいる堀江さんの動きでも観測してこい」桑田は答えた。
敏夫は桑田から言われた通り、観測の練習を開始した。アナログな観測手法だが、やってみると中々楽しく、面白い分析手法だなと感じた。
「佐藤、俺はリコイリング設備の運転手の動きを観測する。お前は設備に投入されるコイルナンバーをメモしてくれ。」久間が具体的な指示を出した。
「なぜこの仕事をするんですか?」敏夫は久間に尋ねた。
久間は少し面倒そうな態度を見せながらも答えた。「最近、自動車向けの生産が停滞気味なんだ。製鉄所のお偉いさんから、検査ラインの能率に課題がないか調べろと言われているんだよ。」
「わかりました。」敏夫は答えた。
「明日は甲番の間、つまり7時から15時までずっと観測する。朝6時半に出社しろ。寝坊するなよ。」久間が続けた。
製鉄所は24時間稼働している。現場は3つの班に分かれ、それぞれ8時間ずつ働くシフト勤務を行っている。甲番は一番朝早くから働く班であり、朝7時から昼の15時までの勤務を行う。
「いつもより大分早いな…。」敏夫は心の中で思ったが、黙って頷いた。
翌朝、敏夫は早めに起床し、6時半前には出社し、作業着に着替えた。
観測作業が始まり、敏夫はコイルナンバーをメモしながら、運転手の動きを注意深く観察した。時間を記録し、データを集めた。
観測が終わり、オフィスに戻った敏夫は、久間から指示を受けた。
「今日中に観測結果をExcelに記入しておけ。」
敏夫は観測データを丁寧に入力し、作業を進めた。16時頃、作業が完了すると、上司の羽柴が声をかけてきた。
「佐藤君、朝早くからお疲れ様。今日は早く帰っていいよ。」
「ありがとうございます。」敏夫は感謝の気持ちを込めて答えた。
帰社した敏夫は、まず風呂に入り、一日の疲れを癒した。その後、独身寮の部屋で一人でビールを飲みながら、遠距離恋愛中の彼女、早苗に電話をかけた。
しかし、早苗は不在で電話に出なかった。少し寂しさを感じながらも、敏夫はビールを飲み干し、明日の仕事に備えて早めに就寝することにした。
「今日も頑張ったな…。明日も頑張ろう。」敏夫は自分に言い聞かせるように呟いた。
実習テーマの確定
ある日の朝、敏夫は上司の羽柴から声をかけられた。
「佐藤君、そろそろ実習テーマを決める必要がある。桑田と相談してくれ。」
「わかりました。」敏夫は即座に答え、桑田のデスクへ向かった。
「桑田さん、実習テーマとは何ですか?」敏夫は尋ねた。
桑田は一息ついて説明を始めた。「新入社員は実習テーマを設定して、1年目の終わりにその成果発表を行うならわしがあるんだ。自分が興味を持っていることや、会社にとって重要なテーマを選んで取り組むんだよ。」
「そうなんですね。でも、何も思いつかなくて…。」敏夫は少し困った顔をした。
桑田は笑顔で答えた。「大丈夫だよ。実は、俺の仲のいい同期の獅童が厚板技術室で勤務しているんだ。彼が厚板工場で何か改善ネタを探していたようだから、話をつなごうか?」
「ぜひお願いします!」敏夫は喜んで頼んだ。
数日後、敏夫は桑田と共に厚板技術室を訪れ、獅童と会うことになった。
獅童はでんとした体形の持ち主で、地方国立大学出身の気さくな人物だった。彼はにこやかに敏夫を迎えた。
「桑田から話は来ている。君が佐藤君か。」獅童は手を差し出して、気さくに声を掛けた。
「はい、佐藤です。よろしくお願いします。」敏夫は緊張しながらも握手を交わした。
獅童は話を切り出した。「厚板工場の熱処理工程の改善をお願いしたいんだ。この工程は製品の品質に直結する重要な部分なんだが、まだまだ改善の余地があると思う。」
「ぜひ取り組んでみたいです。」敏夫は自信がなかったが、力強く答えるふりをした。
「よし、頼んだぞ。桑田も君のサポートをしてくれるから、安心して取り組んでくれ。」獅童は励ましの言葉を添えた。
ミーティングを終え、敏夫は新たな挑戦に胸を膨らませていた。厚板工場の熱処理工程の改善というテーマは、彼にとって大きな責任であり、成長の機会でもあった。
桑田は言った。「佐藤、これから忙しくなるぞ。でも、君ならできる。何かあればいつでも相談してくれ。」

