「見下す」をやめたら、心がふわっと軽くなると思う話
最近、「見下すことをやめる」ことを意識している。
同じWEBマーケティングで学ぶ仲間の昨日のブログ。
これを読んで、ハッとした。
自分は人を見下していないだろうか?
無意識に見下しているのではないだろうか?
そもそも見下すって、どんなことだろうか?
人を見下すなんてことはすぐにやめたい。
やめなければ。
モヤモヤ、もやもや…
こういうときには、ChatGPTさんに相談する。
ChatGPTさんは、人を見下す具体的な言動を5つ挙げてくれた。
1. 相手の意見をろくに聞かずに否定する
2. 「そんなことも知らないの?」というような発言をする
3. 他人の努力や成果を軽視する
4. 話し方や態度に、どこか「上から目線」がにじみ出る
5. 相手の失敗や弱点に対して、優越感を感じてしまう
どれもやっていないと自分では思っているが、「上から目線」がにじみ出ることと、相手の失敗や弱点に対して、優越感を感じてしまうのはあるかも知れない。
今後はこの辺りを意識しよう。
では、なぜ人を見下してしまうのか?
ChatGPTさんの答えは、
「これは、『自分を守るための無意識の反応』であることが多い」
1. 自信がないときほど、人を見下したくなる:「自分に自信がない」と、その不安を見ないようにするために、他人を見下して「自分の方が上」と思いたくなることがある。
2. 幼いころの価値観や環境の影響:「人より優れていることに価値がある」といった教育を受けて育つと、無意識に「勝ち負け」や「上下」で人間関係を見てしまうことがある。「すごい人=価値がある人」「できない人=下に見るべき」といった極端な見方に繋がってしまうことも。
3. 自分を守りたいという防衛本能:たとえば、仕事で焦っているときに、余裕のある人を見てイラッとしたり、誰かの成功を素直に祝えなかったりする…。そんなとき、「見下す」という感情は、自分を守ろうとする心のバリアのようなもの。
どれも、仰る通り。
モヤモヤがスッキリ。
で、次に訊いてみた。
「人を見下す」をやめるために気をつけることは?
1. 比べる軸を変える:人を見下してしまうとき、多くは「自分の方が優れている」と感じる瞬間。でも、その「優劣」を決めている軸は偏っていることが多い。学歴、仕事の実績、話し方、知識量、要領のよさ…「人それぞれ得意なことが違う」と意識して、他人の価値軸を尊重してみよう。
2. 「見下している自分」を責めない:「あ、またちょっと見下してたかも…」と気づいたときに、自分を責めすぎないことも大切。 その感情は「自分が優れていたい」「安心したい」っていう自然な欲求の現れでもある。だからこそ、「あ、そう思ったんだね」ってやさしく観察するくらいがちょうどいい。
3. 相手の“背景”に想像を巡らせる:見下したくなる相手にも、それなりの事情や経験がある。 「この人にはこの人の人生がある」「この一言にも、背景があるのかも」と思うだけで、自然と尊重の気持ちが芽生えてくる。
4. 自分の“弱さ”を少しだけ認める:「見下す」というのは、ある意味で自分を守る行為でもある。 本当は「不安」や「劣等感」から来ていることも多いので、「自信がないときほど、人を見下しやすいかも」と気づいてあげると、気持ちに余裕が生まれる。
そして、「最後に一つ、優しくて効く言葉をお伝えします」と、ChatGPTさんからひとこと。
「誰もが、今できるベストを尽くして生きている」
今日からそう思っていこう。
