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言葉にまつわる仕事をしていて、思うこと

皆さま、こんにちは。

今週、愛犬を亡くしました、ゆるりとHaniwaとりっぷです。

さて、今回は私が編集の仕事をするにあたって考えていることを記そうと思います。

今、なにかを夢中で書いている方や、将来ライティングに携わりたい方、同業他社の方など、「言葉」と関わる方々と意見を交換し合えたら嬉しいです。

①主役は、編集者ではない

さて、さっそくですが、皆さまは「編集者」や「ライター」、「校正者」など、文章に携わる仕事に対して、どのようなイメージを持っていますか?

私は、ひとことで言うと「黒子」的な存在だと考えています。

例えば……
〈街のお店を紹介するライター〉の場合

スポットライトをあてるべきは、文章を書いている自分ではなく、紹介するお店のはずです。

なので、「自分はこんな文章が書けるよ!」「こんな記事を書ける私、凄いでしょ!」というアピールよりも、いかにお店の魅力を伝えるかを大切にすべきだと思います。


〈書籍の編集者や校正者〉の場合

こちらは、さらに黒子的な要素が強いと考えています。

そもそも書籍の編集者の場合は、主役は著者さんです。

編集者は、舞台に立つ役者を照らす照明スタッフのような存在でしょうか。

以上のことから私は、「自分らしさ」や「個性」を前面に打ち出したい方は、編集よりも作家として表現するほうが、その強みを生かしやすいのではないかと感じています。

②編集は、誰かを輝かせる仕事

よく、「自分らしさを出して編集をしていきます!」「自分が持っている、個性的な言葉で文章を書きます」などと言った文言を目にします。

それはそれで、力強くてとてもすてきなことだと思います。

一方で私は、言葉を伝える仕事において〈読み手に伝わるかどうか〉が最も大切だと考えています。

独りよがりな表現では、読み手には伝わりません。

また、編集者自身の個性を前面に出しすぎると、せっかく持っている著者さん自身の良さを消してしまうこともあります。

それゆえ、承認欲求を前面に出したい人よりも、影で誰かを支えることに喜びを感じられる人のほうが、この仕事に向いているのではないかと思うのです。

かくいう私も、新聞社で働いていた20代前半の頃は、読み手のことや紹介する対象のことをあまり考えず、自分の気持ちよさを中心にして文章を書いていました。

そんなある日、編集長から「あなたの文章は、使う言葉が難しすぎる」「第三者の目線になって書けていない」と言われたのです。

ハッキリと物をいう編集長だったため、その辛辣な言葉に傷ついた記憶がありますが、一方で的を射た指摘のおかげで、少しばかり成長できたと思っています。

あの時に気づくことができて、本当に良かったです。

編集や出版の仕事にはさまざまな形がありますが、どれも実際には誰か(なにか)を輝かせる仕事だと思っています。

大御所の編集者さんやライターさんは、著者や紹介する対象を言葉一つでキラリと輝かせていくので、まるで「シンデレラ」の魔法使いのように、その人がもともと持っている魅力を引き出しているように感じます。

③だから私は、noteでこんな文章を書きたい

いろいろと書き綴りましたが、そんな編集の仕事に携わる私が、noteを書く上で大切にしていることを最後にご紹介します。

長々と書いてしまったので、簡潔にいうと

・誰でも分かる言葉で書くこと
・必要以上に回りくどい表現はしないこと
・自分ではなく、読み手や紹介する対象を主役にすること

の3点です。

これからも、読み手の皆さまや紹介する対象を大切にしながら、一つひとつの言葉と丁寧に向き合っていきたいと思います。

これまで、私自身の「編集」に対する考え方や、仕事をする中での気づきを綴ってきました。

​アウトプットを重ねる中で、私自身が大切にしている軸は固まってきましたが、同時に「他の人はどうなのだろう?」という問いが生まれています。

​編集のお仕事でキャリアを積まれている方、これからキャリアを築こうとしている方、そしてnote等で表現を楽しまれている方。

多角的な視点から、皆さまの「文章術」や「執筆の哲学」を伺いたいです。

​「読みやすさ」「構成」「心に残る表現」など、小さなこだわりでも構いません。

皆さまの知恵をシェアしていただけると嬉しいです。

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