怒りが出るとき、私は自分の声を聞いていない── ワークショップでの変化

先日参加したとある対面ワークショップで、不思議な体験をしたのです。

そのとき設けられたテーマは、別の場所で聞いたものと同じ。

でも、
不思議なことが起きました。

同じテーマなのに、
私の中に入ってくる角度も、深さも、まったく違った。

語る人が変わると、
言葉の切り口が変わる。

すると、
「わかったつもりだったこと」が
頭ではなく、身体のほうに落ちてくる。

そんな感覚があったのです。

後半には、
参加者同士で感想をシェアする時間がありました。

誰かの言葉を聴いているだけなのに、
自分の内側が、静かに動いていくのがわかる。

その中で、
あるやり取りを聴いていたとき、
私の中で、はっきりとした気づきが起きました。

それは、

私が母に向けて感じていた怒りは、
そのままそっくり、

私の中の本音が、
鎧を着た「大人の私」に向けて
言いたかった言葉だった

という気づき。

その瞬間、

はあぁぁ orz……
と、力が抜けました。

同時に、
なぜかとても清々しい気分でもありました✨

さらに腑に落ちたのは、
この構造は、家族だけに限らないということ。

職場でも、友人関係でも、
環境や出来事に対して感じる違和感も、

全部、同じ「鏡」。

これまで私が感じてきた
怒りやモヤモヤ、違和感は、

「消すべきもの」でも、
「嫌なもの」でもなくて、

私の本音が
「ここにいるよ」と
ノックしてくれていたサイン
だったのだと思いました🔔

私の中の小さな声は、
ずっと話していた。

ただ、
鎧を着た大人の私が
ちゃんと聴いていなかっただけ。

そう思うと、
これから出会っていく
たくさんの「私の声」が、
少し楽しみになってきました。

同じテーマでも、
語る人が違うと、
届く場所が違う。

「理解する」だけでなく、
「感じる」までいけたこと。

そのタイミングに、
ただ、静かに感謝しています🌱



※この記事の書き出しは、
【かぜの帽子さん】のnoteコンサルで
ご提案いただいたリライト案をもとに書いています。


いいなと思ったら応援しよう!